日記・コラム・つぶやき

2月13日祖母が亡くなったこと

三年前のこの日、祖母が亡くなったのを父が電話で知らせて来た。

しかし、通夜の日取りも、葬式のことも父はなにも教えてくれなかった。

列席してはいけないのか……と思った。

前年の10月、引っ越しをして荷物もまったく片づいていない頃、

祖母が危篤状態に陥り、いったん実家に戻ったのだが、

長年離れていた家族が急にしっくりいくはずもなく、

妙に空気が詰まって、両親のイライラの矛先が

こちらに全部来たせいもあって、

居られなくなり、家を出て、村営のバスに飛び乗り、

山陰線の駅まで行こうとしたところを、父と遭遇し、

気まずい思いをしたのだ。

私の堪え性が無かったのは

急ぎの仕事をいくつか抱えていたせいもある。

だが、自分の家のどこにも居る場所がないと実感した時の

あの気持ちはいったいなんだったのだろう……。

祖母は唯一私に優しくしてくれた人だった。

100%の善人でも、素晴らしい人でもなんでもなく、

母との冷たい諍いを私にこぼしてばかりの人で、

勉強していると部屋に入ってきて、長い時間話していき、

結果的には勉強の邪魔をされたこともあり、

逆ギレしたこともたった一度だけあったが、

それでも、心の居場所を作ってくれる人だった。

「お前を呼んだことを後悔している」

と父は言った。

それは本当はどういう意味だったかは、今もわからない。

でも、それについては感覚的に、

家族からの強い疎外感を感じた。

山陰線の電車の車中、涙が出て止まらなかった。

京都駅に着いた時、どこかで泣く所を探そうとしたが

結局、思いつかず、

OL時代によく仕事で利用したビジネスホテルに入り、

二晩泣いた……。

祖母を失ってしまうかもしれないという不安と、

どうしても相容れない親とのことを考えると

泣けて泣けて仕方がなかった。

そのまま東京に帰ることもできず、

しばらくは、大原の知人の家にご厄介になり、

かといって、そこの家にも申し訳ないので、そんなに長居もできず、

京都市内にウィークリーマンションを借り、

祖母の容態に変化があれば、

すぐに田舎の病院に飛んで帰れるように待機していたのだけれど、

その時は持ち直して、しばらくは入院に必要なものを送るなど、

そんな遠くからのむなしい援助しかできなかった……。

目先の仕事に追われていた。

義理が有り、どうしても、企画を通さなければならなかった。

自分の感情と向き合っていたいのに、それをする時間もなく、辛かった。

そして仕事は前進したが、祖母は亡くなってしまった……。

悔いた私は、もうなにもかも嫌になってしまった。

こんな仕事、辞めようと思った。

一番、身近に居た人が、当時、公開された映画を見てくれなかったり、

真剣にやっていた企画を揶揄するようなことを口にしたせいもある。

別の生き方を探っていた時、

祖母の「鉛筆を放したらあかんで」という言葉が甦ってきた。

そうなんだろうか、本当に……。

自分なんて、ほんとに小さな屑のような存在に過ぎないのに……。

ここ何年か、悩みながら、周囲の人の励ましや助けを頂き、

気持ちを奮い立たせて仕事をやってきた。

自分なりに一生懸命やってきたけど、

たいしたことは、できていないかもしれない。

その過程で悔しい思いもしたし、虚しさに沈んだこともあったが、

新しい出会いも沢山有った。

自分の心の奥を見つめることは、辛いけれど

それをしないと本当に書きたいことには辿り着かない。

ここしばらく、執筆依頼を頂いて、児童書の構想を練っていたけれど

泥臭い私が格好をつけても仕方がないので、

素のままでトライしてみようと思っている。

もう鉛筆は放さない。

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1月7日ネックストレッチ!!!

このところ連日、長時間PCの前で呻吟しているので、

目、肩、腰、

そして首がバンバンに痛くなって、

ううう……っと唸っていたら

今朝、漫画家の勝川克志さんから超有り難いメールを頂いた!

肩こりや、首のつまりに効く良い器具があるという耳寄り情報で、

その名もネックストレッチ!

首の牽引が空気圧で、できる器具があるというのだ。

きゃ~ありがとうございま~す!!!

さっそく、お礼のメールを書き、購入する!

おかげで、なんだか元気も湧いてきた。

こんなあったかい人も、いやはるんやなあ……と

新年から嬉しい気持ちになった。

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1月1日謹賀新年

新年明けましておめでとうございます!

と、書きつつ、今、朝の7時なんだけど、今から寝るとこです。。。

脚本を書いている間に年を跨いでしまった。
このパターン、前年と変わらず。。。

師が亡くなり、かなり沈んだままの作業が続いていたけれど、思いやりのある言葉をくださる方もあり、ずいぶん胸の痛みが癒された。

今書いているのも、まさに生死を扱ったもので、それもまた辛いけれど、それでも、書かなければいけない。

今年はたくさん旅に出よう!走り回ってみよう!

本年もよろしくお願い致します!


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12月26日お別れの日

11時から青山葬儀所で宮川一郎先生のご葬儀に伺う。

哀しい 哀しい お別れの日。

この日は、たった一人でお別れに行こうと決めた。

先生と出会った時も、たった一人で橋田賞パーティに行った……。

その年はありとあらゆるコンクールに挑戦していて、

そのうちの一本の脚本が佳作に入ったのだった。

しかし、あまりに華やかな場所で、どこにも居場所がなくて、

そうっと帰ろうかなあと思った矢先、

「おう、あんた……」と呼び止められ、振り向いたら、

そこにいらしたのが、宮川先生だった。

先生は審査員をされていたのだ。

25年もの間、家族をほったらかしにして、死体(行き倒れ)で帰って来たお父さんを

家族がどう受け止めるか……そんな話(一時間もの)を書いたのだけれど、

出てくる人達以上に、シビアな状況にあった私が

命懸けで書いたのが宮川先生には、伝わっていたようで

「あれは、なかなかいいから、すぐに二時間に直して持って来なさい」

と言われたのを真に受けて、二晩徹夜で直して倍の分量にし、

翌日、舞台の大阪まで夜行バスで行って、

シーンごとに舞台にした場所の写真を撮り、

それをベタベタ直した台本に貼り付けた。

先生の連絡先は知らないから、

手がかりもないのに、必死であちこちに問い合わせ、

先生のご住所を調べて、ご自宅のある下高井戸まで

持って行ったのが、なれそめである……。

1999年5月のこと。

もちろん、ご多忙な先生のこと、すぐには読んで頂けなかったけれど

今から思うとご迷惑だったと思うが、

毎日毎日、電話をかけて「読んで頂けましたか?」とご連絡をしたら、

ある日、下高井戸のイタリアンレストランに呼び出され、

ピリピリ緊張して待っていたら、

きっと大家だから凄い車でいらっしゃるんだろうなあ……と思っていたら、

そば屋の出前の人が使うような、黒いゴツゴツした自転車に跨がり、

先生がやっていらした……。

先生は、仏頂面でエスプレッソをグビッと一口で飲まれると、

直しの寸評ではなく、昼帯のドラマを40話、

ものすごい量だけど書かないかとおっしゃった……。

あれからもう9年も経ったのか……。

新東宝時代のお話を聞くのが、楽しみで、

先生とはよく古い映画の話をさせて頂いた。

あの時間は、貴重なものだった。

映画の『山の音』『甘い汗』が好きなんですと言うと、

先生は嬉しそうに笑って、新しいコーヒー豆の缶を開けて下さった。

『ここに泉あり』『もず』『おかあさん』『また逢う日まで』……

水木洋子さんのシナリオについて、神田で長い長い時間お話したのは

ついこの間のことのようで……。

厳かな読経の後、

宮川一郎先生のお葬式にふさわしく、

心に残る立派な弔辞が次々と読まれ、

先生のご交流の広さと深さを改めて痛感した。

多くの人にとって大切な存在だったのだ、先生は。。。

会場には、懐かしい方々や、ずっとお会いできなかった方もいらして

お互い涙を浮かべながら、思い出を少しずつ話した。

こんな哀しい日が来るなんて……。

宮川一郎先生。

優しい時間をありがとうございました。

私は意地ばかり張っていましたが、先生にお会いできて本当に幸せでした。

謹んでご冥福をお祈りしています。

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12月23日練り練り

NHK名古屋局の黒岩さんから、ご丁寧なお電話を頂く。

中学生日記のメンバーを集めてリハをやってみて、

セリフに微調整が必要になったとのこと。

もう何ヶ月も御一緒しているので、

なんだか言葉を費やさなくても、思いが通じるのが嬉しい。

もちろん、私の口の悪いのがいけないのか、

バチバチしていた時もあったけど、でも、今や黒岩さんとは

’戦友’だと勝手に思っている。。。。

黒岩さんは、アナンウンサー並みのいい声をされているので、

ものすごく通りがいい。

一方、私は、京都のど田舎の言葉を、

無理に標準語にした挙げ句、

滑舌が、かなり悪いので、

何を言ってるのかわかり辛い……と思う。

御迷惑をおかけしたのでは……と内心、ヒヤヒヤしている。。。

本来なら、名古屋に出向いて

最後の打ち合わせをすべきところを

私のスケジュールが物理的に厳しくなってきたので、

電話でのやりとりに変更して下さった。

気持ちのある方だ。

度を越した方向音痴の私が

トイレに行く際に迷わないよう、

曲がり角で待っていて下さったことも……。

(どんなアホライターなんだ、私は!)

今回は、厳しい状況下、

連日、夜通し二人で頭を捻って考え、

携帯やメールでも何度も何度も意見を交換し、

CPやデスクのご意見を参照しつつ、

黒岩さんと練り直して、

書いて書いて書きまくった。

私には見えないところをビシ!バシ!と

黒岩さんが指摘して下さったことも有り難かった。

こんなにやったのは、久しぶりだ。(ほんとにほんとに)

緻密な作業は嫌いではないが、黒岩さんもよく付き合って下さった。(大感謝!)

出来上がった台本は、これから撮影に入る。

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12月22日必要なものとそうでないもの

有斐閣の奥村邦男さんから、ラフカディオ・ハーンの『読書論』が届いた。

ずっと読みたいと思っていたので、願ってもないことだった。

精読した。

そうでないとなにが書かれているのかわからない。

必要であるものをいかにチョイスするか、

心に残るためには、吸収する方だって真剣でないとだめだ。

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12月21日回転する時間

なぜこの間、内藤監督と『時の娘』(映画)の話をしなかったんだろう……と

めっちゃくちゃ後悔していたら、

内藤誠監督から『HB』2008年春号が届いた。

興味深い内藤監督の特集が組まれている。

そのタイトルも、なかなかイカしていて、

『偏屈系映画監督・内藤誠』!

同冊子はジュンク堂や、東京堂書店でしか入手できなくて、

しかも、この号は重版がかかったとか。すごい!!!

内藤監督の博識と高邁な精神(スピリット)に、ビリッときた!

冨永昌敬監督が「恩師」内藤誠監督のことを

「妖精のようなお方」と書いておられるが、まさにその通り!

なんだか、スカッとした……。

慌てて、内藤監督にお礼を書く。

ほんとは、超ノリノリの文体で書きたいところだが、

ぐっとこらえて、そこは、きちんと書いた(つもり……)。

監督の仕事の幅は広く『へボン博士のカクテルパーティ』や

イアン・マッカーサーの『快楽亭ブラック』の翻訳、

さらには、サローヤンの秀作も翻訳されているが、

『ママ・アイラブユー』などは、なんとなんと

『Gメン’75』の演出をされている間の俳優待ちの時間に

翻訳されていたとか……。

うーん……凄すぎる!

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12月19日なにがなにしてなんとやら……!

朝からずーーっと仕事で、ぐったりしていたら

有斐閣の奥村さんがラフカディオ・ハーンの「読書論」を送って下さるという。

うっそー! 嬉しい! 読みたかったんですよ、ほんとにほんとに。。。

ぐったりしてる場合じゃないぞ……!と起き上がり、

顔色の悪い顔に化粧をして、ワンピースに着替えて、シナリオ作協の忘年会へ。

会場では、桂千穂先生と宮川一郎先生のお話をする。

話をする……というより、言葉にならなかった。

でも、今日桂先生とお会いして、

本当の哀しみをやっと打ち明けられた気がした……。

宴もたけなわ、とかなんとかいいつつ、

私は会場の松本楼のカレーをパクついていたのだけれど

桂先生と『俗物図鑑』の話になり、私が初デートで観た映画が、

まさに本作なのですよ、でも、そいつには即、振られましたけど……

という話をしたら、

なんとなんと内藤誠監督を御紹介下さった。

「うそっ!!!あ~もう、どして、『不良番長』のビデオ持ってこなかったんだ~?!」

思わず、頭を抱えて叫んでしまいたくなるくらい感激!!!

そのあとは、もう、コーフン気味に話して話して話しまくった!

話している間、頭の中では、ヒカシューの音楽(俗物図鑑)がかかり、

不良番長の梅宮辰夫さんの歌声が響き、宮内洋さんの「V3~!」の声がこだまし、

Gメン’75のテーマと大空港のテーマと腐食列島のテーマが流れた。

そうあの頃、キッチュ、スラップスティック……

そんな言葉に胸を焦がしていた私には憧れの存在。

恋愛よりも、『俗物図鑑』を取った私。

ていうか、本作をデートでセレクトする女に

ビビッたみたいで逃げられた……というのが真実。

あれは、その後の人生を象徴する出来事だった。

いや、むしろ、『俗物図鑑』をわからない男に用はない……。

安いヒューマニズムに酔っている輩は、必ず裏切る!

ヒールの中にこそ、ほんとがある。

そんなことをマジで思ってる四十路だけど、文句ある?

内藤監督は

「梅毒病みの女医の描き方がすごくよかったです!」と

バカな発言を許して下さった!

私のデビュー作の昼帯は、

川島雄三さんの『貸間あり』へのオマージュです……と

恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言ってしまうところが

私のアホなところだが、

そんなことをもスラスラと言わせてしまう

そんな磁力がある方だった……。

うわーん、桂先生、ありがとう!

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12月17日懐かしい声

宮川先生が亡くなり、哀しみの余り眠れず、

頂いた舞台の台本や、テレビの脚本を読みつつ

17日の昼すぎまで、茫然と椅子に坐っていたら

自宅の電話のベルが鳴った!

「もしもし、吉田さん?」

懐かしい声!

その声の主は、有斐閣京都支店でお世話になった奥村邦男さん。

なんとなんと二十数年ぶり!

奥村さんは、立命館の大先輩にあたる方で、

当時、京都の編集部で御活躍され

素晴らしい本を次々と作っておられた。

高校の三年の卒業式の日を待たず上京し、

18歳から働きながら、夜、大学で勉強していた私は

いきなり、専門的な用語の溢れた原稿を前にして

いっぱいいっぱいだったせいもあるけれど

将来への不安と、家の事情で(父親がロクデナシ?!)

進学が思い通りにできなかった日々のやるせなさに

打ちひしがれ、弱い気持ちをどうすることもできずに、迷走していた。

そんな私にピシッと注意を下さったのが奥村さんだ。

その厳しい言葉にビビったことも……!

私は当時、絶対嫌われている……と思っていたくらいだ。

しかし、勤務の最後の日には、選りすぐりの良書をダンボールに二箱も

自宅まで届けて下さった。

本当は、有斐閣に居た時も、その後も

沢山お話したいことがあったが、

自分のやっていることにまったく自信が持てず、

ご連絡をすることができなかったのだ。

とても話したい人だった。

今も、話したい人ほど避けてしまう習性が私にはある……。

同じ有斐閣の吉岡さんが、

奥村さんに連絡先を教えて下さったようで

ああ、ほんとに有り難い……!

奥村さんとは久しぶりに、対話の話になり、弁証法の話になり、

ベクトルの方向の話になり、

奥村さんの口から次から次へと出てくる、冴えたキーワードが

私の餓えた魂に響いた。

知の技術。それを知り尽くした人の言葉に濁りはなく、

会話の純度が心地良いテンポと共に保たれる。

『偶然と必然』(有斐閣)という奥村さんの編集された本があるのだが、

それは今も私のバイブル。

まさか、こんな日に奥村さんから連絡が来るとは思ってもみなかった。

偶然を必然に組み込むこと!

すぐにでも京都に飛んでいきたくなった……。

夜。

吉岡さんに報告するために

ご自宅にお電話をしたら

なんとなんと

あの苦み走った一匹狼風のダンナ様が電話に出られた!

懐かしい日々が、わあっと甦ってきた。

吉岡さんの子供さん達の家庭教師をしたこと、

夜、ごはんを御馳走になり、温かい気持ちを胸に、

吉岡さんの家を出て、島原の商店街を歩いたこと……。

と、同時に、京都に居た時に

大映通りの道端に500円で売っていた撮影済みの台本を買って、

時間を見つけては、せっせと読んでいたことを思い出した。

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12月16日哀しいバースデー

宮川一郎先生他界のニュースが入ってきた。

享年83歳。

12日(金)の23時56分に急性心不全でお亡くなりになったという。

先生のご意志で、すでに近親の方々による密葬は済んでいた。

今日は私の誕生日……だというのに、哀しい知らせ。

先週の土曜日、いつにもまして、

無性に先生に会いたくなったのは、

こういうことだったのだろうか?

どんな時でも味方になって、大切にして下さった先生。

暴言夫と別居して、お金も無く、体力も限界、後は首を吊るしかない……

という、どん底の時に救いの手をさしのべて下さった先生。

ギリギリの状況を人に見せたくない私は、誰の前でもいきがっていたけれど

先生の前では、赤ん坊のように甘えた。

初めて神田の仕事場へ呼んで下さる時にも

方向音痴な私のために丁寧な地図を書いて下さった。

その地図はずっとシステム手帳にお守りのように挟んである。

お酒の飲めない私をよく寿司屋に誘って下さって、

「あつこは飲まなくても、酔っぱらいみたいなことを言うからいいんだよ!」

と一切、酌などもさせなかった。

いつも毅然とされていた先生は、もういらっしゃらない……。

毎年、11月18日のお誕生日や暮れには、

先生のお好きな蘭をお送りしていたのだが、

蘭の花が咲くと、「咲いたよ」と、ちゃんと写真を見せて下さった。

神田の仕事場で、辛い話を聞いてもらい、何度泣いたことか。

理不尽な事柄に対する正鵠を射た指摘に、

どれだけ溜飲を下げたことか。

どんな時も真実のみを見つめ続けていた先生。

とびきりシャイで侠気のある先生。

あんなに大事にして頂いたのに、なにもお返しすることができなかった私……。

哀しみが癒えるには相当の時間がかかりそうで……。

日本橋の三越劇場、八王子の車人形、明治座……公演先から

いきなり電話を頂いて、「すぐおいで!席を取ってあるから」と言われ

化粧もせず、普段着で駆けつけると、

そこに先生の姿はなく、

第一幕が始まり、暗転になってから、すっと隣に坐られたことも……。

あれは、向田邦子小劇場の時だったか。

いつものように、暗転と同時に坐られた先生の時計のアラームが

鳴り出したことがあり、慌てて止められたのがおかしかった。

作者の時計が鳴るなんて……!

2006年の新年明け早々、映画の企画の打ち合わせに向かう途中、

先生と木枯らし吹きすさぶ池袋の町を歩いた。

小柄な先生なのに、風が当たらないようにと先を歩いて下さった。

あんな優しい先生は、もういない。。。。

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12月14日原点回帰

夜。

宮川一郎先生が書かれた『忠臣蔵 音無しの剣』を観る。

田村正和さんの主演。

当たり前のことだけれど、あまりに出来上がり良くて、驚く。

ピンと張った構成、柔らかい男と女の気持ちのやりとり、

そして凛々と生きていくことの凄味を感じる話。

師の作品は、可能な限りほとんど観ているが、

今回は特に素晴らしい。

オンエア終了後、もう一度観たくなり、

ビデオに録画をしていたので、

一から観た。

宮川先生には沢山のことを教えて頂いたけれど

作品を観せて頂くことが、一番の勉強法だった。

拙いながらも昂奮気味に番組の感想を書き、

脚本をぜひ見せて下さいね……というFAXを送らせて頂いた……。

(注・しかし、この時、宮川一郎先生はすでに他界されていたのです……)

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12月13日ひたむきな顔

丸善本店の篠原勝之さん(クマさん)の『走れUMI』(講談社)

のイベントにお邪魔する。

『走れUMI』は、以前ここにも書いたけれど、

潔いまでにみずみずしい筆致で

少年のひと夏の冒険を描いた傑作児童小説!

らくがきイベントでは

篠原勝之さんが描いたアートな下絵に、

子供たちがどんどん色を重ねていく……。

みんなでひとつの絵を仕上げるのだ。

魅力的な本がずらりと並ぶ書棚の隙間の空間が

あっという間にアートの源泉に変わっていく……。

ひたむきなその顔、顔、顔……。

みんなにチューしてあげたいくらいかわいい。

(って、実際やったら、びっくりされるだろーけど!)

私もクマさんにサインを頂いてしまった。

講談社の引地さん、児童局次長で児童図書第一出版部の部長の阿部さん、

副部長の山室さん、そして西本鶏介先生がいらしたので

阿部さんと西本先生と共に上の喫茶へ……。

さすがに緊張して、固くなった私……。

しかし、話を聞いているうちに、お二人が”本音の人”だとわかり、

つい大声でわーっとしゃべってしまう。。。

なにか場違いな感じもしたけれど、

本当に、つい引き込まれて話してしまったのだ。

これはまったく本能としかいいようがない。

火の鳥伝記文庫の『石川啄木』が西本先生の作であり、

子ども向けなのに、体裁を整えることだけでなく

人間味溢れる啄木を描いていることに

感激しているんです……という話をしてしまう。

でも、それは本当。

借金を重ね、女にだらしなく、プライドだけは超一流、

たいした小説は残していないが、

詠んだ歌には鮮烈な生活が見える。

子供の頃に読んだ時、「人間の幸せってなんだろう?」

と深く考えさせられた一冊でもある。

こんな風に啄木の生涯をえぐりとる手腕はまさに天才的!

とそんな話をさせて頂いた。

サイン会は大盛況!

子供たちの長い長い列が続いた。

イベントの後、中野の居酒屋へ。

クマさん、西本先生、そして引地さんと御一緒して

相当密度の濃い話になり、皆さんにさかんにハッパをかけられ

一日のうちに感じることを、そのまま行動に移すことの大切さを

思い出した……。

なにかに縛られていては、なにも産み出せない!!!

タイトロープをテメェで巻きつけるな!ってことだ。

そして

命を賭けて愛せる相手と向き合え……!ということか。

帰りの電車で、西本先生から、温かい言葉を頂く。

まるで、西本先生の作品の世界のように、慈しみに満ちた言葉だった。

20代半ば、託児所で読み聞かせをしていたのは、

幼い子供達に向けて読んだつもりが、

実は、ひたむきに生きたいと願う自分のために

音読したのかもしれない。

帰ってきたらNHKの黒岩さんから留守電が入っていた。

直しの相談。

黒岩さんは少し風邪気味だったので心配だ。

そろそろ撮影も近づいている……。

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12月12日ありがたい~っ!!!

う~ん、連日深夜に及ぶシナリオの直しでロクにごはんも食べず、

ヘロヘロになっていたら

有斐閣の吉岡育子さんからなんとなんと『肉』が届いた~。

わーーーい!!

しかも、かなりの高級牛肉……! ええっ、いいの、こんなに……!!!

入稿を終え、わーいわーいと

早速電話をしてお礼を言う。

「いやあ、こんな高級な肉、見たことないですわ~。

ひと足お先に目の正月させてもらいましたわ~」

「あんたうまいこと言うなあ。肉、嫌いと違ごた?」

「いえいえ、前はあんまり食べへんかったんですけど、

血管太うせなあかんと思うて、最近は食べてるんですわ」

と応えたら、

「あれ、逆に血管詰まって狭なるんとちゃうの?」

と吉岡さんに大笑いされた。

たしか肉を食べると血管が鍛えられるんじゃなかったっけ?

しかし、

20年の時を経ても不変の会話のテンポが嬉しい!

どうやら

ご主人(一匹狼風の苦み走ったイイ男!)のお知り合いに

良い肉が入ったら送ってくれるように、頼んで下さっていたようで

めったに手に入らないシロモノらしい。。。(うれし~い!!)

肉の味のわからない私なんかにゃもったいないくらいの逸品!!!

だとか……。

ご近所に肉好きがいればすき焼きしたのに~。

お世話になった吉岡さんのご家族や、有斐閣の皆さんの近況を聞き、

京都に帰りたくなった。

昼間食べた鍋焼きうどんの汁があまりにひどかったせいもある……。

東京に来てから、流転&忙殺で

豊かな気持ちになれなかったせいもあるが……。

そしてそしてさらに

サダちゃん(77)が、おかきを送ってくれた。

サダちゃんは、

「負け犬になるな、勝ち馬に乗れ!」

とか

「世界不況急がば廻れだど」

というような標語を送ってくれるので、いつも冷蔵庫に貼ってある。

いっとき、小泉政権のことばかり話していたので

麻生総理の話に行くかと思いきや、

最近は、サブプライムローン問題から発する世界的不況がテーマらしくて

「百年に一度の不況だよ。心せよ」

と警鐘を鳴らし続けてもくれて、有り難い存在だ。

色気の無い私に、教習所時代(サダちゃんは元人気教官)に

犬が山から降りてきて、

教習所内をうろつくメス犬を物色しては

せっせとメイクラブに励んでいたから、あんたもがんばれ……!

と励ましてくれたり……。あ、でも、酔っぱらってんのかな?

(BUT すいません、最近スタミナなくて……と言うしかないのよ、とほほ)

そしてそして不思議なことに

サダちゃんのセレクトしたおかきは、

毎回、死ぬほどおいしく、

しかも気取りが無い袋ものばかりだ。

どこで探してくるのかなあ……とリサーチしても

ぜーーーったい、教えてくれない。

西荻の安~いスーパーで一度だけサダちゃんセレクトと同じ

カレーおかきを見つけたことがあるが

それ以降、私の能力では探しきれない……。

ボロッボロに疲れてている時は

特に人の温かさが身に沁みてくるぜ!

吉岡さん、サダちゃんの名前は時々シナリオで使わせてもらってるけど

それは私の最大の愛情表現です。

おかげさまで元気もらいました。

サンキューです!

このところ昼夜問わず、

NHK名古屋局の黒岩さんと電話で

ずーーーーーっとシナリオの

詰めの作業に入っている。

繊細で潔いくらい純粋なハートを持つ黒岩さんとは、

非常にリリカルな話ができて嬉しい……。

こんな私なんかに

なにかと気を遣って下さっているのが、

ひしひしと伝わってきて、うるうる来たりもして

がんばらなきゃなあ~と心の底から思っている。

1月のオンエアまで時間もなくなってきたが、

最後まで粘るぞ!

いい着地点が見つけられそうだ。

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12月5日おしゃべりな唇?!

一睡もせずに、身支度を整えて

吉祥寺に打ち合わせに出かけ、

帰ってきて、鍋焼きうどんでお昼を済ませ、

昨夜から続く中学生日記の脚本の直しの連絡を昼過ぎに受けて、

返事をメールで送信し、

その後、頸椎のリハビリ(机に向かい過ぎ?! 首を週二で吊りに行ってます)

に行き、名刺の手配や、買い物を済ませ

またまた帰ってきて、

名古屋局の黒岩さんと電話で二時間くらい検討し、

その後、晩御飯にステーキとサラダを食べた後、ケーキを食べて

CBCの二村久美子さんと夜中の二時半まで、

「やる気になってやっていかなあかんな!」という互いの決意表明を話す。

色気の無い話。

だが、言っときますが、

にむちんは私と違ってイイ女だ。(ほんとにほんとに!)

ざっと書くとこんな感じだが(現在三時過ぎ)

なにかものすごーーーく最近人と話しているように思う。

引き籠もり系のはずの私、

だが、ほんとは

ただのおしゃべりさん?

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12月3日中野の夜は更け……

仕事を終えて夕方、東阪企画の横山千賀さんと中野で落ち合う。

どこに行こうか……という話になり、「やっぱ味王ですかね~」

ということになり、味王(台湾料理)へ……。

横山さんとは本当に久しぶりに会ったのだが、

積る話も沢山できてよかったし、

メッチャ面白い話をして下さったので

店中に響きわたるくらい大爆笑してしまった!!

それはまた別の機会に……。

途中、何度も何度も店のマスター(台湾の人?!)がやってきて

「コレ、サーピス」とウーロン茶や杏仁豆腐をサービスしてくれるのだが、

体を擦りつけるようにしてくるので、ビミョーな顔をしていると、

横山さんが「『ひさしぶりー!』とかってにこにこ(店に)入っていくからよ」

と苦笑しながら言ってた。

そーいや、阿佐ヶ谷の日昇園(中華料理)でも

「ひさしぶりー!」と手を挙げて入っていってしまうからなのかどーか、

そこんとこはわかんないが、

やたらとサービスしてくれたり、愛想をふりまかれる。。。

味王のマスターは、こちらとしては、注文があるから手を振っているのに

「マスター!」って感じで手を振って貰ったとカンチガイして、

ニコニコして手を振り返してきた……。

ヤバー……。。。。ビミョーな空気を感じる横山さんと私。。。

味王は私が東京に来てすぐ行きつけになった店で

かれこれもう13年くらい通っているのだが、

値段の割に、ものすごくおいしい。

だから、中野と言えば、だいたいここ。

今日は、横山さんと話も弾んで味王も格別おいしく、、

その後に行った横山さんの行きつけのお店でも、

楽しいひとときを過ごした。

おみやげにロイズのチョコチップスまで頂いてしまった!(これがまたゲキウマ!)

すっかりごちそうになってしまったので、

今度は私がぜひごちそうさせて頂きたいと思っている……。

あーおいしいもの食べるのは、いいなあ~。

そして、

朦朧とした頭で歩く

夜中のサンモール商店街、サイコー!!!!

ミッドナイトウォーカー。。。の私でやんす。

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12月1日中学生日記の入稿と困った父の扱い

夏から中学校への取材や、

現役中学生の生の声を沢山聞かせてもらって

プロデューサーの黒岩さんとの検討を重ねていた中学生日記。

ほんとにこの半年は、この仕事のおかげで

思春期の揺れる気持ちを追いかけられて

ある意味、幸せだったかもしれない……。

ずーーーっと十代の人と

伴走していたような感じといいますか……。

ってことで、いろんな思いを込めて書いた初稿、

当初のプロットと大幅にチェンジしたのにも関わらず、

プロデューサーが丁寧に読んでくれたのが嬉しい。

私の方も、今までの失敗から

経験値みたいなところで、

ここで折れたら、作品の胆がなくなる……ということについて

できるだけ主張をするようにしているのだが、

初めて仕事をした方なのに、本当に

よく理解をしてもらえた。(感謝!)

複眼で見て下さる相手と仕事をするのは、いいかも?!

入稿後、

HKCから連絡があり、講談社の皆さんと方南町で忘年会をやる話をする。

引地さんから篠原勝之さんの『走れUMI』のサイン会のご案内も来ていた。

あの本は本当に傑作なので、

行く前にもう一度読もうと思っている。

夜。

大戸屋(私、好きなんですよ,大戸屋さん!)ごはんを食べて

家に戻ったら、

まだ回復していないのに、無理やり退院してきた父から電話が入った。

幼い頃からことある度に、厳しい確執を繰り返してきた父と娘だが、

病んでいる人にきつく当たることはできない。

送ってあげたお見舞いがとてつもなく嬉しかったらしく

父は何度も礼を言った……。

そんな父は見たことが無い。

涙が出そうになったが、ぐっと堪えて

楽天からミルクバームクーヘンを送ったことを伝える。

「もう、そんなんええで、あっちゃん。お金つかわんとき」

と父が言ったけれど

「もう送ってしもたさかい、甘いもん食べて元気出しぃ」

と励ました。

酒を飲まない代りに

甘い物が大好きな人で、子供の私たちにはくれず、

自分だけ高級なチョコレートを食べたりする人……。

そのせいか、私は今も甘い物がそんなに好きではない。

子供の頃はきっと好きだったんだろうけど、

「好き」と認識してしまうと

貰えないことが哀しくなってしまうから、

意地を張って「嫌い」になったのかもしれない。

ちなみに

父が酒を一滴も飲まないのは、

父の父、私の祖父が大酒飲みで、

”酒”で本当に泣いてきたからだそうだ。

私?

私は、成績がいいのにもかかわらず、

働きながら大学に行かざるを得なくなった時、

クサクサする心を癒すために飲んで飲んで飲みまくり、

ディスコで顔パス飲み放題、カフェ・バー(懐かしい~)でボトル空け、

居酒屋でイッキを重ねた挙げ句、肝臓を悪くしたので、

20代後半からは接待とか仕事以外では飲まない。

ちなみに肝臓は、今は完治している。

当時はアルコールだけじゃなくて

過労で肝臓が悲鳴を上げていたみたいだ。

目下の所、

実家に戻って流行りの農業をやれという父を

どうしたもんかなと、扱いに困っている……。

そんなに急には仲良くなれないよなあ。。。

やっとやっと初稿を入稿した。

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11月30日仲間って……。

ウィルコムのW-zero3が着信できなくなり、

困って、S.O.Sを出したら、夜中にもかかわらず

仕事場探しでお世話になったTさんが、

現在、携帯ショップに勤務しているので

パパッと処理をしてくれ、

前日まで風邪で寝込んでいたにもかかわらず

携帯を持ってきてくれた。

いやはや、スピーディなこと!

Tさんの意欲的な働き方には以前から光るものがあると思っていたが、

こんなに早いとは……!!!

本気(まじ)で大感謝!

父も病気だし、連絡が取れないと仕事にも支障が出ては困るので

慌てて皆さんに通知をすると

近況を書いてくれる人や励ましの言葉を書いてくれる人が多く、

懐かしい師や大切な人達とも久しぶりに交流できたのが嬉しい。

お知らせした後、

即連絡を下さったプロデューサーの方もいて、

なんだかじん……とくる。。。

あんなにメーワクをかけた私だというのに……。

ところが、ところが、

携帯のメアドがある文字と文字をハイフンで繋いであり、

それで皆さんに通知したのだけれど

それはすでに使われていたことが夜になって判明!

あっちゃー。

慌ててTさんに連絡し、アンダーバーに変更した。

年賀状でお詫び方々お知らせするか、

それとも、またまたお知らせメールを入れるか、どうするか……。

悩んでいる。。。

夜遅く。

私よりも7つ年下で、

子供四人のお母さんで、

もの凄~くがんばっている友達から

メールが来た。

彼女はキレ者なのに、そんなことは鼻にもかけず、

誰に対してもふんわりとした対応で、ささっとやるべきことをやる

ステキな賢人。

嫌味を絶対に言わないし、

おまけに恋愛を真っ正面からやってきたロマンティストなのだが、

今、深いところで悩んでいた……。

悲痛な辛い思いが伝わってきた。

私も主婦時代、死にたいくらい悩むことばかりだったので

家庭を持つ人の悩みはよくわかる。

私なんかが、なにができるのかわからないけれど、

なんとか力になってあげたいと心から思っている。

女一人で居ても辛いし、きっと気がつかないうちに

頑になってしまうこともあるだろうけど

家族を持つともっと悩みは大きく深くなる……。

それでも誰かと支え合いたいというのは

人間の本能かもしれない。

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11月29日あーもうもう。。。

ピッチ(PHS)の調子がおかしく、一日イライラ……!

とても大事な電話が入っていたのに、着信音が鳴らない。。。

あーもうもう。

W-zero3はインターネットがスイスイできたり、大きな画面でワードを開いて

読むことができて重宝していたのだけれど故障が多くて、ほんとに困る。

あとはメールを打つとき、片手で操作できず、

スティックを使うので、長い文章を打つのが億劫になり、

ついつい短いメールになってしまう。。。

メールで(恋の?)駆け引きを好む人とか、

メールの文章で距離感の取り方に敏感になっている人には

きっと物足りない相手だったに違いない……。

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11月28日そんなんでいいの……?!

父が退院するらしい。

しかも、治りきっていないというのに……。

どうもうちの家系は皆が皆揃って病院嫌いの検診嫌い。

親戚には病院関係の人も結構いるんだけどな……。

で、病院に居るのが、どーしても どーしても嫌みたいで

半病人のまま自宅に戻ってくるとか。。。

山の中の一軒家ゆえ、父の入院直後は

母も一人で心細く、怖い……(幽霊とか、動物ね)

とか言っていたけど、

やっと一人が慣れたと思ったら、父が帰ってくるので、

「しんどいわー」とこぼしていた。

父は超わがままなので、言いたいことを言う。

「ケンカしんときや」と言っておいたが……。実は母が心配。

おこがましいけど母は、八千草薫さんによく似た風貌で

おしとやかで、ほとんどしゃべらず、静かなくせに

鼻っぱしらがものすごーーーーーーく強い。

絶対に自論を曲げないし、いざとなったらつーんとなって、テコでも動かない。

グサッと来る一言を平気で口にするので、

誰もが母の毒にやられると一ヶ月は立ち上がれない……。

このクソ忙しいときに実家がゴタゴタしているのは、まあ、仕方ないとしても

こっちに火の粉が飛んでくるのは

是が非でも避けたい。

30歳まで京都に居たが、もう、ほんっと、嫌になるくらい実家の騒動に巻き込まれた。

幼い頃から、いびるくせに、なんでもかんでも私に頼ってこられて

ほんっとに困った……。

東京に来て、

シナリオを始めた時にやっと家から開放された……。(ような気がしてるだけ?!)

「もう私は畳の上で死なれへんと思といて」(※)

と宣言し、なにもかも振り切って、必死になって集中し、

ようやく自由を手に入れたと思っていたのだが……。

(甘かったか?!)

そーいやこの季節、

そう、師走が近づくにつれ

実家はもとより、親戚の大掃除や餅作りや

干し柿・干し栗・干し芋作りに担ぎ出されて、

ぐったりしていた……。

餅をこねるのがうまいとおだてられ、

その気になって、火傷しながらせっせと丸めたり、

「寒いと文句言わんと黙々とやる子やねえ~」と褒められ

からっ風の吹く戸外のゴザの上でせっせと干しものを作ったり……。

私が掃除するとめっちゃ綺麗になるとおだてられて、

手にあかぎれができても、せっせと働いた。(私ってアホだなあ~やっぱ)

今は、その片鱗はまったくないけれど。(家ん中はごっちゃごちゃ!)

なんか、またあの嵐が来そうでコワイ。。。

ま、餅作りなんかしてると福が来そうで

楽しいこともあるけれどね……。

こっちがいろいろフクザツなことを思っていても

向こうがぜんっぜん、意に介していないで

「あっちゃん、あっちゃん」と言ってくるのが不思議だ……。

っていうか、私って、発言力弱いのかな?!

 

※この言葉は、脚本家のある大家が、脚本家連盟の講座の入学案内の時に「親も友達も全部捨てる気でやらなきゃだめだ」とおっしゃったことから出たもの。後年、その方に「あの言葉で本気になりました」と言うと「俺、そんなこと言ったっけ?」と言われ、愕然となったことがある。。。

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11月26日書くこと。

ROD STEWARTのコンサートのSS席がぴあで取れ、

「やったー!」

と叫んでいたら、講談社の長岡香織さんから

とても丁寧なメールを頂く……。

人と話すのはそんなに上手い方ではないが、

素直になって、本当に興味のあることを話せる人というのは

貴重で、長岡さんとはお会いする度に大切なことを話せてとても嬉しい。

大変優秀な編集者なのだと思った。。。、

ここんとこ

仕事でヘロヘロになっている。

シナリオを二本、抱えていて、一つはクリスマスまでにUPしなければならない。

映画のホンだ。歴史に沿った内容が必要となるので、

慎重に環境を作って、集中してやるつもりが、

緒事情でスケジュールが大幅に狂ってしまったのだ。

(ああ、もうもう……)

映画のホンは資料の読み込みに結構時間がかかるので、

どうするか……と頭を抱えている。

もちろん、仕事には一切、手は抜かないつもりでやっている。

ますは自分が面白いと思うことをやらなきゃ、だめだ。

それが書く仕事の基本。。。

たまにシナリオを読んでくれとか

制作会社を紹介してくれとか

企画書を書いたのを見てくれという人がいて、

私もいろんな人の力でデビューできたのだから、

そのお返しに……と書きたい人の習作を読むことがあるけれど

直してくる人はまず皆無……といってよい。

マンガ原作を書きたいからといってきた人をある編集部に紹介した時も

途中で放り出して逃げたし、(しかも嘘がバレバレの理由つけて。カッコ悪い!)

企画書を書いて来た人も、何人かいたが、直しのポイントを伝えても

まず、直してくることはない。

それどころか、自分に才能(気力?)がないと知ると、

志望していたことを忘れて手の平を返したように

シナリオライターは儲からないとか、(薄汚れてるよ、まったく!)

いきなり、書く人のことをバカにしたような口調になったりするのが

片腹痛い。

どこかにそんなパターンがあるのかというくらい、

同じ逃げ方をするのはどうしてなんだろう……?

嘘がバレバレの理由で逃げるくらいなら

「私には書けません」って言えばいいのに。。。

そんな話をこのあいだシナリオライターのX子さんとしていたら、

X子さんもやっぱり同じ体験をしていた。

やっぱよくある話なんだなあ……。

でも気持ち悪いなあ……やっぱ。

書くという作業は、隠していても生きざまが出るんだから、

正直に全力投球するのみ。玉砕覚悟でね。。。

自分を原稿用紙に(パソコンに)叩きつけることに意義がある。

そんなことを痛烈に感じた日……。

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11月24日父親の入院

朝、母親からの電話で父親が入院したことを知る。

熱のある体で無理をしていたらしく、肺炎になり、白血球がかなり増加しているとか。

このあいだ別件で電話をしたときに、普段は電話に出ない父親が出て

少し話したばかりだというのに……。

幼い頃から私を嫌い、妹だけを猫可愛がりし、

受験勉強も、入試の時も、「女が勉強してどうするんだ?」と

アマチュア無線をかけっ放しにして妨害したり、

就職先(いじめの坩堝なのに)にもやって来て、

「こいつをしごいてやってくれ」などとバカなことを言って

なんの助けにもなってくれなかった人であり、

学費はおろか、生活費どころか、仕送りをしろモードのひどい父親であったので

いきなり病気になられても、正直なところちょっととまどってしまう……。

小さい頃、気に入らないとおなかを蹴られたこと、

狩猟用のライフル銃を手入れしている時に何度も銃口を向けられたこと、

テスト前だというのに、夜中じゅうずっと肩たたきをさせられたこと、

気管の弱い私の咳がうるさいからと極寒の中、外に放り出されて、

他人の家の洗濯物にくるまって暖をとったこと、

竹藪にくくりつけられて、叩かれたこと……。

そんなことを思い出すとキリがない。あれは現実だったのか。

児童相談所というものの存在を知っていたら、

なんとか調べて電話もしただろうけれど

ど田舎に住んで情報から隔離されていたから、なす術はなかった。

学校でいじめられ、家でいじめられ、サイアクだった子供の頃。

あれが全部幻だったらどれだけ楽だったろう……。

その後の人生をもっと楽しめたに違いない。

家族と仲の良い人に自分のことを話してもわかってもらえるはずがないと思い、

だんだん人に自分のことを話さなくなった。

話しても無駄……。

そんな諦めから開放されるには、長い長い年月が要る。

結婚していた時も深刻な闇を抱えていたが、

そんな話を今の自分しか知らない人に話しても仕方ない……。

諦めからの脱却を今生のうちにできるだろうか?

時折、そんなことを考えてしまう。

今はまだ

「お前は気に食わん。お前に死に水をとってもらおうとは思ってない!」

と言われたことが残響している。

けれど、年老いた親のことは現実問題として、のしかかっている。

そんな年に自分もなってしまったということだ……。

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11月19日ROD STEWARTが来る!

わーい、わーい、RODが来日するってよ~!

13年ぶりっだってよ!

ああ、このところ、なんだかつまんなくて

新宿や渋谷や吉祥寺や恵比寿や大泉学園で映画ばかり観ていたのだけれど、

それもやっぱり、イマイチなんだかなあ~って感じで

ずーーっと陰鬱な日々が続いていたので

か・な・り、

ローな気分だったが、

おかげでなんとか晴れそうだ。

小学校の終りにお尻をフリフリ歌うRODを観てからは

日本の男にまったく興味がなくなり、

とにかく何がなくてもROD STEWART、

世界一セクシーで世界一の歌声を持ち、

世界一シャイな男心を歌詞に乗せて歌い、

世界一ケチで、世界一女にだらしなくって……

「なんでも世界一やん! すごいなあ~!」

と『MUSIC LIFE』を読みながら、

初なハートを震わせていたのは、なにを隠そう、この私だ。

大学字時代にゃ、バンドでRODの曲の演奏&歌もバッチリきめた。(てへへへ)

そんなROD様の来日は、私にとっては人生の大行事。

京都の山奥出身というハンデにもめげずに

今までコンサートに計三回行っているが、

なんと三回とも、RODの「ロ」の字も知らない人と行く羽目になり、

どうもイマイチ盛り上がらない。

一緒に行ってもらったことには感謝するけれど、

最初のコンサートでは、嬉々としてRODの生写真を買おうとしたら、

横から一緒に行った人に

「ふつーの赤ら顔の外人のおっさんやんか」

と首を突っこまれ、ムカムカして、帰りは一言も口をきかなかった。

二度目は、エリック・クラプトンのファンの女の子と行ったので、

「やっぱ、クラプトンの方がいいなあ~」

と言われてガックリ。。。

(だったら、ついてくんなよー)

13年前の武道館は、RODは風邪をひいていて、

途中鼻をかんでいたのが痛ましく、

それを「いひひひ、鼻ずるずるやんけ、あのおっさん……」

と一緒に行った人にからかわれ、

あまりの哀しさに

トイレに駆け込んで泣いた思い出が、

今も黒々と胸の奥底にたまっている。

結果、三回とも、しらーーーーーっとしたまま帰って来てしまっている。

ROD様のコンサートだというのに。

コンサートで恒例のサッカーボールも惜しいところで逃している。

次回こそ、

次回こそ、

サッカーボールを手にして

そして

コンサートを存分に楽しむぞ。

ROD STEWARTも63歳。

これで見納めかもしれないので

なんとか私とRODの思い出を作らなきゃ……。

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11月10日講談社にプレゼンテーション。。。

午後一時半からプロデューサーと共に

講談社へ映画のプレゼンテーションに行く。

今取り組んでいる作品は、原作に共鳴できる部分が多く、

映像化することに大変意義があると考えていることを伝える。

どうか、うまく映像化に向けて動きますように……。

その後、引地康博さんにご案内頂き、

児童図書第一出版部の長岡香織さんのいらっしゃる編集部にお邪魔する。

長岡さんとは、前回、引地さん、共同テレビの江森浩子さんと共に

アスペルガー症候群について、長い時間をかけて深いお話ができたので

お会いしたかったのだが、なんせ引っ込み思案なものでご連絡もできず、

失礼をしていた……。にもかかわらず、

長岡さんは満面の笑顔で「この間はものすごく楽しかったです……!」と

言って下さったのが嬉しかった。

いや、実際、私もあんなにオープンに話をしたのは

ものすごく久しぶりで、

それはああいう場を設けて下さった引地さんと

さらに江森さんのシャープでかつ、

温かいテーマを掘り下げのおかげだったと

心底感じていた……。

いい人達との出会いに恵まれると、自分の中でくすぶっていたことや

本当のテーマが熟成される気がする……。

ほんっと大感謝です。。。

一人では躊躇することって沢山あるけれど、

なんだか人に励ましてもらって元気をもらえるのは

超有り難い……!!!

そして人間の力を信じることはやっぱり素敵なことだ。

長岡さんに教えて頂いたニキ・リンコさんの『俺ルール!』

そして

『自閉症っ子、深読みしなけりゃうまくいく』に感銘を受けたこと

講談社から出ている『アスペルガー症候群との接し方』と

『発達障害の子供たち』を読んで、

さらに自分の胸中にあるテーマに

明かりが灯ったことなどをお伝えした。

その後、

広報室にご案内頂き、

読書推進事業部の部長さんの塚越敏さんに御紹介頂いた。

全国を廻っておられるおはなし隊の写真が随所にあり、

改めて凄い活動だなあ……と思った。

きちんと社会的な意義を持って活動を続けていくことは難しい。。。

若い頃、某企業が主催して、地方を中心に

人形劇と着ぐるみの芝居をやる一座について歩いたことがあるが

行くところ、行くところにトラブルがあり、

なかなか大変だったことを思い出した……。

余談になるけれど

夜、反省会の後の飲み会で、

リボンをつけた超ぶりぶりの司会のお姉さんが

大トラ&エッチなおネエさんに化けたことも懐かしい。。。

下戸の私に「飲めェ!」と一升瓶の口を押しつけて、

無理に日本酒を流し込んだあの人は今はどこに……???

しかし、講談社って広い、広い……!!!

最後に、地下の社長室保存資料室にお邪魔して、おやつを頂いた。

(おいおい、プレゼンに来ておやつ食って帰ってどーすんだ?! なんちゅー厚かましいやつじゃ!この恥知らず! との怒声が聞こえる……!!!)

若くてキュートなAさんとK子さんとはお食事をしたり、

HKCで競馬を御一緒したりして(あ、菊花賞と天皇賞はちこっと勝ちました☆ビギナーズラックっつうヤツです。)

旧知の間柄で、私は二人がとっても好きなのだが、

部屋にお邪魔するのは初めてで

ここには、講談社の古くからの資料が大切に保管されていて

まるで宝箱のようなのだが、

入っていきなり 超でっかい猿と、海亀の写真が貼ってあり、

あまりの存在感に驚いた!!!(きっと著名な写真家の写真に違いない!)

このアンビバレントさが居心地の良さを創っている。

いいなあ、なんだかこういうの……。

貴重な資料に囲まれて、

ゆっくりお茶を頂き、来たときの緊張は吹っ飛び、とても幸せな気分になって

駅の売店で『GALLOP』を買って帰っていった……。

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11月8日高円寺でわいわい

高円寺の高架下にある創作料理の店で、

美人シナリオライターX子さんの仕切りで

勝川克志さん、荒木慎司さんと飲み会。

お二人とも味のある絵を描かれる方で、

その作品は漫画誌や、児童書、挿絵などで

拝見していて、いいなあ~と思っていたので、

お会いできたのがとても嬉しかった。

途中、晶文社の高橋千代さんが参加された。

席が離れていたので、愛する『たんぽぽのお酒』の話や、

ここ数年ハマっている内田樹さんの話ができなくて残念だった。

晶文社からは金森敦子さんの良い本が出ていて、

私も一冊持っていて、大変重宝しているのだけど……そんな話もしたかったなあ。。。。

高橋さんが手書きでコラムを書いておられる新聞は、

本を手に取るだけではわからない、これぞ!という情報がぎっしり詰まっていて、

読み物としても大変面白い。

野犬新聞も、再開するかな。。。

帰りにアパートカフェに立ち寄って、早々に店じまいだったので、

夜中近くまでやっている犬と人間の服を売っている店に立ち寄るが

服を触る度にちょっとコワイおじさんが、

「それインポートものになってますっ!」とか

「ああ、それは一点ものです!」とキツイ口調で言うので、

出口に向かって一目散に駆け出して店を出た。

ほっとして

煮干しラーメンの前を通って、メニューを見ていたら

またそのおじさんに遭遇し、しかもこちらを睨んでいたので、

ちょっとコワかった……。

いやあ、なんにも悪いことしてないんだけど……。。。

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11月1日歌舞伎座へ

ねこちゃんが松竹テレビ部の方に顔見世の御招待を頂いたので、

厚かましくもご相伴させてもらい歌舞伎座へ……!!!

昼の部は、まずは通し狂言『盟(かみかけて)三五大切(さんごたいせつ)』。

忠臣蔵と五大力の世界を見事に織り上げた鶴屋南北の大傑作!

忠義と男女の切っても切れない仲、人間の欲にまみれた生活、

妄言に隠された本質……そんなものがないまぜになった展開は、

まさに天晴れ!

大詰、愛染院門前の場ですべてが明らかになっていく場では

残酷なシーンもあったけれど

人間の中にある残酷さに向き合うところに深みを感じる。

愛したものへの執着が強ければ強いほど

残酷にならざるを得ないというのは人の常。

続いて、『廓文章--吉田屋』は、

大坂新町の吉田屋(廓)に、勘当を受けて紙衣姿(紙の着物)に落ちぶれた

ボンボン(伊左衛門)がやって来るところから始まる。

店の者が乞食同然のポンポンを追い払おうとするのを

主が止め、女房と共に旧交を温める。

いくら今は落ちぶれていても、かつては上客。

主が、自分の羽織を脱いで、寒そうな紙の着物の上に掛けてやり、

丁重にもてなすところがぐっとくるところ。

そのうち、ボンボンは、かつて二世を誓った夕霧のことが気になり出す。

実は、京都からここに夕霧が流れてきているのを知って

うろうろしていたのだが……。

そうこうしているうちに、夕霧が現れるが、

なんの音沙汰もなかった夕霧にすっかりすねてしまっているボンボンは

こたつに入って寝たふりをしたり、

無視したり……。

夕霧は、哀しくなり

「私はボンボンのことを心配するあまり病気になったんですよ……」

と明かすとやっと振り向き、二人は元のサヤに収まり、

そこへ、ボンボンの勘当が解かれたことが知らされ、

千両箱が次々と吉田屋に運び込まれ、

夕霧の身請けの金もこれで工面ができると喜ぶ二人……とまあ、

こんなラッキー!&ハッピーなお話。

しかし、この中に、ぎゅっと圧縮された人情と慕情が

見事に詰まっている。

席も良く、花道がよく見えたのが嬉しい。

今日は一日、和事の代表作を堪能させて頂きました。

御招待下さった方に厚く御礼申し上げます。

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10月29日シネマート六本木

四時間に及ぶ打ち合わせの後、

シネマート六本木へ行き 、

『むずかしい恋』を観る。

監督は『きょうのできごと』『贅沢な骨』をの脚本を書かれた

益子昌一さん。

どんな方なんだろう……と思っていたら、

終映後、トークショーがあり、(知らなかった! ラッキー!)

監督と前田綾花さんと森岡龍さんが出て来られ、

撮影秘話(?!)を話して下さった。

バーを使ったワンシチュエーションの話だが、

一週間で撮影したというのは凄い。

狭いバーの中で踊るバレエのシーンもよかったし、

それぞれのカップルの会話の中で張りつめた関係が

どう変化していくのか……ということに

重きが置かれていたのが心地よかった。

なにより、

マンディアルグの本のことが出てくるのが

私的には嬉しかった。

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10月28日神田古本市

仕事を終えて神田の古本市へ。。。

うううう……右を向いても、左を向いても欲しい本ばかりで漁りまくる。

気がつくと数時間経っていた。

最近、また首をヤラれているので、

吾妻橋で鍼灸院をやっている仲田さんにもらった

ヘデグレンのリュックを愛用しているが、今日は古本で

パンパンに膨らんでしまった。

気持ちを切り替えて

古書センターへ。

しかし、ここでも青池保子さんの『イブの息子たち』(愛蔵版・デカい)を購入。

『おれとカネやん』は迷ったが、次回見送りに。。。

あと、スカイヤーズ5の筆箱を買うかどうか、真剣に悩んでしまう。

大好きなろしあ亭でボルシチとストロガノフを食べたが

やっぱりうまーい!!!

さぼうるで買った本を読みながら飲むレモンティーもおいしかった!!!

帰りに三省堂で仕事の資料を大量購入。

さて、帰り、どうするかなあ……。(お、重い……!!!)

『イブの息子たち』の

「ヒース、私を見て……」のニジンスキーが、やっぱぶっとんでる!!

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10月21日こんちゃん

久々に作曲家のこんちゃんと中野で会った。

場所はもちろん味王!

こんちゃんは近藤秀将というのが本名だが、2001年頃に出会った最初の時に

「こんちゃん」と呼んでしまったので、以来、こんちゃんだ。

当時22歳という若者にもかかわらず、早朝から作曲をバリバリやってて

新曲ができると「姐さん、まだまだええ曲、書きまっせ」

とCDを渡してくれた。

以前やってた私のHPには彼の音楽をUPしてたこともある。

あ、ちなみに、こんちゃんはやんちゃな河内男で、

大きな体から、どうしてこんなに繊細で美しい曲が生まれてくるのか、

その謎が彼の魅力となっているが、

きっと凡人には到底到達できない清らかなハートを持っているんだろう……。

そんなこんちゃんから、モノポリーでいろんなものを巻き上げたのは

なにを隠そう、この私だ。

「なんでこんな毎日、モノポリーやらなあきませんの?」

まだ早稲田の学生だったこんちゃんに

(『ぼてじゃこ物語』で三田佳子さんに「銭儲け」を説くミヤコ蝶々さんのように)

「あんたな、社会人いうのはな、接待ゴルフとかあるやろ。それとおんなじや。

私はな、今、あんたに’社会’いうもんを教えてあげてんのや、わかったか!」

と、まるっきり嘘を並べ立てて、当時30を過ぎたオトナであるにもかかわらず、

ボードゲームにトチ狂い続けていた私は、

こんちゃんを「社会人教育」と称して誘いに誘った。

とうとう、こんちゃんは寝不足の目をこすり、こすり、

「白髪出てきて、歯、ボロボロになりましたわ。

よしださんみたいにえげつない人、会うたことありまへんわ~。

ほんま、サイテーでんな!」

とギブアップ宣言をした……。

当時、こんちゃんには恋愛相談にも乗ってもらったり、

年収レース(負けた人が10万奢る)にも参加してもらったり、

さんざん遊んでもらってたのに、私ってば、彼からすると

「嫌らしい勝ち方」をしてしまうのだそうだ。

(だって作戦をひたすら考えることが好きな参謀タイプなんだもん。)

いまだに、モノポリーと人生ゲームとオセロとダイヤモンドケームには

目の無い私だが

こんちゃんは、私がバカなヤツに騙されたりして、

無駄に人生過ごしていた間に

法律の勉強をして、

いまやアキバに事務所を構えている一国一城の主なので

あんまり相手にしてくれない……

と思っていたら、さっき

「こんど、モノポリーやりましょ!」とメールをくれた。

ヤリィ~!!!!

特殊マンガ家の風間そうめんさんの家がアパートを経営していて、

なんとなく、のんびりできる雰囲気なので、あそこが会場にいいなあ。。。。

猫もいるし……。

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10月18日シンプルに……☆

トモダチってありがたいなあ……。

今日は忙しいのに、やらなきゃいけないことが山積みで

ちょっとばかり、どよ~んとした気持ちがピークになっていた。

そんな時、

京都に住むチエちゃんが

「今、ひさうちみちおさんの奥さんと飲んでるよーん」

と、ひさうちさんの奥さんの写メを送ってくれた。

しかし、さすがはひさうちさんの奥さん!

並の人にはできないナイスなお顔!

目を思い切り見開き、鼻の下をぐよ~んとのばした表情がとびきりチャーミングだ!

お返しに、去年赤塚不二夫さんの記念館で撮った

「バカな顔なのだ」とバカボンのパパが言ってる書き割りの前で

シェ~をやっている写メを送った。

たったこれだけ。

たったこれだけのことなのに

朝からのすげーユウウツな気持ちが晴れた。

でも、こんなもんだよ、私なんて。。。

仕事を終えて、

有岡利幸先生が送って下さった『秋の七草』(法政大学出版局)を読む。

これは有岡先生の『里山』の続編に当たり、

『万葉集』の秋の七草に始まり、

七草の一つ一つについて、その特徴や文化的な関わり方について述べられている。

秋の七草は、『万葉集』巻八の秋雑歌に収められている

山上憶良の二首の歌から始まる。

秋にはどんな花が好まれるのかということを

山上憶良は、自分ならこれを選びますよ……とばかりにチョイスし、

「萩、尾花、葛花、撫子の花、女郎花、藤袴、朝がほの花」

としたのである。

言魂ともいわれる和歌の言葉で詠まれた七草は、

こうして後世に語り継がれていったという……。

さて、その二首とは以下の通り。

秋の野に咲きたる花を指折りて

  かき数ふれば七種(ななくさ)の花

  

萩の花尾花葛花なでしこの花女郎花(をみなへし)

  また藤袴(ふじばかま)朝がほの花

先日、NHKの『熱中時間』でOAされた『草花スキャン』の回がとても良かった。

写真家の方が、山に咲く草花をスキャンしてPCに取り込み、

加工して、写真による大きな作品を作っておられるのだ。

それは光の加減に細心の工夫が凝らしてあり、

幻想的で花弁や雄蕊や雌蕊がエロティックで艶めいて、

朗々と生きるへの讃歌を謳い上げている。

まだ制作途中で、最終的には、365種類の草花で作る

大絵巻を目指しておられるとか。

Pである吉田直久さんにメールで連絡すると

やはり、あの回は、反響が大きかったとか。

番組としても素晴らしかった。

環境破壊や自然回帰、そんなことがよく話題になっているけれど

ただひたすらに草花を愛でる、そんなシンプルな感情が

いつまでも消えませんように……。

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10月15日すげーっ!!!!

やっとの思いで、昨日、映画のプロットを入稿し終わり

今日予定されていた会が延期になったので、

大泉学園のT-JOYに行き

最近の映画をだーーっと観て、焼肉を食べた後、古本屋を覗いていたら、

講談社の引地さんから電話が入った。

私の家に、篠原勝之さん(そうです!あの偉大なる鉄のゲージツのクマさんです)

の小説『走れUMI』を送って下さり、

なんとなんと今、児童図書第一出版部の方とクマさんと

一緒に飲んでおられるというのだ!

で、なんとなんとクマさんが電話口に出られて

直接お話しすることに……!(感激!!)

私は以前から、クマさんの作品が大好きで、何度か直接作品を見に行ったこと、

モンゴルの大草原での創作のドキュメンタリー番組を観たことなど、

昂奮気味にお話させてもらった。

ゲージツ家の息遣いは優しく、私のアホな受け答えにも

「うんうん」と優しく対応して下さった。

あーもっと頭が良かったら、気の利いたことのひとつも言えるのに~!

私はクマさんの作品にどれだけ感銘を受けたか……というですら

うまく言えなかったのが惜しい。

かつて父親は、古くから続いている田舎の本家に女が産まれたことを憂い、

私を男として育てようとして、工具を一式与え、

トンカチやキリ、ノコギリやカンナの使い方はもちろん、

「蛍光灯くらい自分で作らなあかん」となんだかワケのわからん事を言い、

ハンダごての使い方や、

果ては溶接まで教えたのだった……。

そんな経緯もあって

鉄の作品には惹かれてしまう……。

アートとは、今の自分と繋がる何かを発見することかもしれない。

根源的な美は、他を圧倒して止まない。

余談だが、私の幼少期は、なんせ山奥で、生活自体がアウトドアなもので、

外でむしろ(ゴザなんてもったいない!)を敷いてごはんを食べることはしょっちゅう、

家には鉄工所で作って貰った特注の鉄板があり、

山で獲ってきた鹿や猪を、火であぶってじゅうじゅう焼いて食べていた。

家で作っている白米を外の竈で炊いて、

茶わんではなく、朴葉にのせて香りをつけてよく食べたものだ。

それは家族の誰からということもなく、

「今夜は朴葉飯にしよう」とおばあちゃんが言い出すときもあったし、

気がつくと、朴葉の生えている場所の近くに、むしろが既に敷いてあるときもあった。

今はあんな原始的な生活をしていた事自体が幻のようだけど……。

(ちょっと哀しい……失ったものは大きいなあ~)

クマさんの『走れUMI』は

明日あたりに到着すると思うが、どんな本なのか、めっちゃ楽しみ~!!!!

※追記。

本が届いてさっそく紐解いたが、これは傑作中の傑作! 

この新鮮な躍動感はなんなのだろう。

人を描く際には、その人物からけっして逃げてはいけないことを改めて痛感した。

主人公の少年はきちんと自分が本当にやりたいことを見つめ、

自由とはなにを教えてくれるおじいちゃんの筋の通った優しさや、

義足の父親が海の男に戻る瞬間、どうにもならない母親の胸の内に迫っていながら、

自分への課題に挑んでいる。

そして、全編を通して丁寧な筆致で書かれている。

人を慈しむ視点の作品は、あるようで実はそんなにはなく、

欺瞞に満ちたものが多いけれど、これは違う!

あああ、この清涼感。

良い本に出会えたことをクマさんに、そして本を作られた方々、

そしてご丁寧にも、私に送って下さった引地さんに感謝した。

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10月4日礼賛

新幹線で名古屋へ行く。

中学生日記の件で土曜日にもかかわらず来てくれた中学生数名と会う。

オーディション用の台本にしたがって演技をして貰ったのだけれど

そのやりとりがとても可愛らしいので、思わず笑みがこぼれてしまった。。。

1/24(土曜)19:15~のOAをお楽しみに。。。

仕事が終った後、津市から来たまちこちゃんと『いば昇』へ行き、

ひつまぶしのあまりのうまさに唸る。。。

炭火焼きの鰻のうまいことって言ったら、アナタ!

名古屋ってほんとに食べ物天国。

そして美術館がゆったり作ってあるので、気持ち良く鑑賞できる。

NHK名古屋に入る前、少し時間があったので、愛知県美術館で

『タイムスケープ もうひとつの時間』展を観た。

時間と空間というのは、人によってそれぞれ感じ方が違う。

ポール・デルヴォーの『こだま(あるいは「街路の神秘」)』は会場の中でも

ひときわこのテーマを象徴しており、

遠近方による大きさの違う裸婦が三人歩いているのだけれど

右手前から奥へと伸びる道によって、絵を観る人の視線が進み、

また、こちらへと歩いてくる三人の裸婦によって

視線は押し戻される……。(とても不思議な現象だ)

真っ青な裸体の男が、ぐっとせり出していることで有名な

イヴ・クライマンの『アルマン』は、

友人の画家・彫刻家アルマンを

直接型取りしたものだそうだが、

あの真っ青な現実的でない像が、どこか生々しく、

真っ青に塗られていることで却ってその存在が現実味を帯びてくる

青は中世以降、聖母マリアの衣装に用いられることか多くなり、

キリスト強文化の中で神聖な色として認識されているとか。

永遠の中に生きることをも感じさせる作品だ。

また今回のバラエティに富んだ展示の収穫は、

世界のあちこちから発掘されるプリミティブな土器と

現代アートとの共振を感じたことのみならず

自分の生活の中にも、もっと本質的でナチュラルな時間を取り込むことが

「本当に生きる」ことに繋がるということだ。

実際には、仕事や雑事に振り回されることが多く、

うまくタイムマネージメントできていなくて、焦ることが多いけれど

少しずつなら変革も可能だ……(と思う)。

会場の終盤には三面のスクリーンを用いた

さわひらきさんの映像作品『Going Places Sitting Down』があり

明確なストーリーはないのだけれど、耳線を意識したスピーカーから流れ出る

心地よい音楽をバックに、夢と現実の狭間に存在する風景が描かれていた。

いつまでもここに居たい……そんなことを思う場所の少なくなったことよ、ああ。

前夜、一睡もしていなかったので、帰りの新幹線では爆睡したが、

実りのある一日だった。

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10月1日えっ?! まじっすか?!

今日はなぜかお年を召した方からの電話が相次いだ。

夜型の私は、午前中は死んでいる……。

しかし、高齢の方々の朝は早く、7時とか8時はちょうどいい感じの電話タイムのようで

今日はジャンジャカかかってきた。

中でも、サイコーにびっくりしたのは、

70を少し過ぎた女性の方で、

手が少しご不自由で、胃がんを患ったことのある方なのだが

水泳に安室奈美恵さん風の格好で通っておられたのにびっくりしたのは、

ついこの前のこと、そして、そして

今月からなんとなんと、太極拳を始められるとか!

ええっ、まじっすか?!

昔、中国の物産を扱う店(二階は政治色バリバリの新聞社で、当時、外国人もよく出入りし、ノンポリの私にもたまに政治について質問が及び、ビビること多数!)

で、アルバイトをしていた時、

それっぽい服装をして、売り子をやったこともあり、

太極拳にはめっちゃ興味はあるけれど、やったことはない。

中島らもさんの演劇に傾倒していた時に、一回マネしてみたこともあるけれど

みんなから

「アジアに居る食堂のおばはんが、

客に奢られたビールで酔っぱらった踊りにしか見えない」

と言われ続け、よしたのだ……。

それ以来、カンフーシューズも履いていない。

ピンクとか黄緑とかオレンジとか、

どーかしてんじゃないのってくらい、目立つ色で揃えたのに……。

あのままやってれば、体型も少しは違っていたかも……とほほのほ。。。

『虚豹軍団太極拳』とかって自分で命名してたんだけど。。。

お昼過ぎには、またまた宮川一郎先生から、電話があった。

おかげで

仕事にちょっと弾みがついた!(かも?!)

夜中に、渓千明さんから、ラジオ日本のウハウハ大放送、

アニメストリートシアター130のオンエアのお知らせが届いた。

10/7から毎週火曜日連続4回、深夜1:30から放送で10/8からHPにもUPされるらしい。

フレッシュな新人声優さんが登場するらしいので、楽しみだ!!!

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9月30日ぐわっはっはっはーと大笑い

今日、ものすご~く気になることがあったので

久々に恩師・宮川一郎先生のケータイに電話を入れたら、

あいにく留守電だったが、5分後に即掛かってきた!

80を過ぎた人とは思えない素早いレスポンス! さすが!

「歯医者さんにいてさあ、取れなかったんだよ。で、何?」

気になっているネタを、強弱交えたホッピングトークで話すと、

宮川先生はとっておきの毒の有る鋭いコメントを下さり、

あまりに的を射ているので、ぐわっはっはーと大笑いしてしまった!

その後、頂いた電話だというのに、しかも師匠だというのに、遠慮もなく

結構長~く話し込んでしまう……。

こんなに大笑いしたのは、久しぶりだ。

真実の言葉って、聞いたり、使っているうちに力がみなぎってくる。。。

「先生、最近、どうされてんですか?」

と訊くといつも

「なにもしてねえよ」

とお答えになるが、そんなことはけっしてなく、

常に創作に勤しんでおられるのを私は知っている。

「おまえはどうしてんだよ?」

と訊かれるといつも

「もービンボーで、ビンボーでふりかけで飯食ってますよ」

と答える。

いつだったか、宮川先生が周囲の人に

「あつこはふりかけで飯を食っていてね……」

と話されたことがあったようで

やたらと、楽屋の食べ物の残りを頂いたり、

なにかと差し入れをして頂いた時があった。

「ふりかけで飯食ってるわりに太ってるなあ……」と不審がる人もいたりして。

実は、実は、ちょっとばかし、懐があったかい時期でもあったりして。。。

(スイマセン!)

でも、

それはそれは、皆さんの温かいお気持ちが伝わってきて、

本当に嬉しかったが

打ち合わせの時に四谷三丁目の

「錦松梅(高級ふりかけ)の前で待ち合わせましょう」

と言う人が出てきたりしたのはおかしかった!

ああいう、ジョークの粋さ加減がやっぱりないといかんなあ……と

反省しつつ、宮川先生ならではの毒舌を思い出しては、

うひひと笑う私でした!

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9月29日映画の後は……。。。

このところ、映画のハシゴが続いている。。。

もう何本観ただろう?  

『ベティの小さな秘密』は期待していたほど良くなくて、

スリリングな映像にしているのは、「ベティ」の子供目線……やってんだなあと

わかるけれど、わかるけれど、

残念ながら胆になるところが足りない気がした。

精神病院の隣に住む家族という設定に頼り過ぎたのか?

私などが言うのもおこがましいが、多分、叙情的にやろうとするあまり、

一本タテに通るものが響き合わない。

シーンとシーンが響き合わないのがこの映画の損しているところ。

横へ横へと流れて行く話は冗漫で退屈。

そうそう、『デトロイトメタルシティ』の大音量が気持ち良かった! 

内容はコントの連続のようでもあり、ところどころ大笑いした。

(一緒行った女子は、ラスト、寝ていたけれど……)

しかし、行く映画館、行く映画館、客が入っていない……。

平日とはいえ、ちょっと淋しい。。。

なんだかなあ……。

ってことで、ノート片手にあっちこっちの映画館に行って、

今日も帰ってきたら

夜遅く、プロデューサーから電話が入った。

話の内容は、ちょっと今、私がひっかかって、逡巡している所だったので、

電話を頂いて大変助かった。

深夜。仕事を終えて、

ポーラ・ゴズリングの『負け犬のブルース』を読む。

本書は『逃げるアヒル』『ゼロの罠』に続くポーラ・ゴズリングの長篇。

本書の主人公はピアニストだが、

ところどころに

いかにも音楽に精通した人の感覚や描写が見られ、

ある種のムードを作り上げている。

ゴズリングの描く登場人物達は、あまりに人間臭く、

読み進めるにつれ、彼らに赤い血が通っていることを

実感する。

ストーリーはとても早いテンポで展開し、

殺人、狙撃、スポーツカーと高級大型車によるカーチェイスありで

それだけでも十分楽しめるが、

なんといっても、主人公のジョン・コサテリという男の描写が優れている。

芯は強いが傷つきやすい男。

一度は挫折して、自分の能力に見切りをつけ、

社会的成功に甘んじて自分を甘やかし、

ぬくぬくと暮らしていくうちに中年になってしまった……

そんな男がもう一度

ギリギリのところで自己と闘う話だ。

彼が巡り逢う、女・ベス(ソーシャルワーカー)も

彼に似てあまりにも傷つきやすい……。

素直で繊細な心を持つからこそ、最初は殻を作って武装する二人。

いざという時、

男の弱さをふんわりと受け止められる女は、

ちょっと格好いいねえ……と思うあたり、

私も大人になったってことかなあ……?

前は、そーじゃなかったし……。

まあ、

愛されてから愛するなんて

幼稚としか言いようがないけれど。

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9月25日忘れられないこと。

夜。水菜の吸い物を作っていると

有斐閣でお世話になった吉岡育子さんから電話が入った。

吉岡さんは、私が昼間、有斐閣京都支店の編集部で働きながら

二部の大学(立命館法学部)に通っていた頃、大変お世話になった方。

ご自宅に招いて頂いたり、ことあるたびごとに親身になって相談に乗って下さった。

吉岡さんは心の広い方で、

女子休憩室に風と共に去りぬのポスターを貼ることも許して下さった。

ご主人がメッチャかっこいい人で、苦み走った男前というか、

肩で風切って生きている一匹狼の風情のある人で、

お昼休みになると、裏から女子休憩室にやって来られて

「コーヒー行こか~」と奥さんだけでなく、私まで誘って下さった。

口数はとても少ない方だったけれど

コーヒーを飲んでいる間中、奥さんをじっと見つめられて

奥さんのことをとても愛しておられるのがわかった。

いつだったか、休憩室の水道が壊れた時に、

ご主人がものすごく素早い動作で工具を操り、キュキュッと

水道管を直す姿がとても男っぽかった。

私もいつか、ああいう人と結婚したいと思っていたのだが……。

吉岡さんだけに関わらず、あの頃、有斐閣の皆さんには本当に助けて頂いた。

あの頃は、明日どうなるかわからないような毎日で、

生活費と学費を捻り出すのにヒーヒー言っていた。

教科書もロクに買えず、困っていたら、

編集部にある本を読んでもいいと言って下さる方もいたり、

生活が苦しく、土日も家庭教師のアルバイトをしていたので

試験勉強ができなかった時にも、

あえて立命館大学に届け物を作って下さり、

早く仕事を切り上げることができて、勉強時間を確保できた。

当時、法学部は厳しくて、単位取得が困難な状況で、

三年生でほとんど単位を取れたのは

有斐閣の皆さんのおかげだと今も感謝している。

最後の日、沢山の本をダンボール二箱に詰めて

自宅まで持ってきて下さった方がいる。

私はその人に厳しいことを何度か言われたことがあり、

嫌われているのかなあ……と思ったこともあったけれど、

箱を開けると

塩野七生さんの一連の著書や、シモーヌ・ヴェイユ、美学に関する本が入っていた。

吟味して下さったことがわかり、感激に打ち震えた。

というか、本気で泣けてきた。

こういうことを書くとまたその方に

「オーバーですよ。だからよしださんは……」と、

ピシャッと怒られそうな気もするけれど

「あなたはこの先きっと苦労しますよ……。なんでもかんでも

周りからしんどいことを押しつけられて……。うちの姉にそっくりですから」

とおっしゃったことが、もう20年以上も経っているのに忘れられない。

で、

その通りだったかというと……。

それはまたの機会に。。。。

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9月22日天の夕顔・シンプルな情熱

よく無人島に一冊本を持っていくとしたら……というベタな質問をされるが

今の私の年齢で持っていくとしたら、

日本の小説なら迷わず中河与一さんの『天の夕顔』。

崇高なまでに昇華された愛がここには描かれている。

って、私は別に愛の伝道師ではないけれど……にしても!

ぞっと身震いするくらいリリシズムに溢れた小説。

ストイックで美しく、そして精神的に恐ろしく淫らで底がない。

ギリギリまで簡潔に削ぎ落した文体により、却って濃厚なロマンチシズムが醸し出され、

またこの小説の色彩を深めている。

海外なら、アニー・エルノーの『シンプルな情熱』。

『天の夕顔』とは対極的に、こちらはロマンチシズムとはほど遠い、

神聖なくらい肉体的である愛。

男をひたすら待つ女の話は数多あるけれど、

この小説では男の身勝手で待たされているにもかかわらず、

女が主体的に待っている……。

ものすごーーく素敵な肉体的な恋愛を描いた映画があって、

よくこんな卓抜した感性を持って男と女の本質を描けるなあ……と

感心しながら、憧れていた。

ある日、私は、その映画がこの小説を底に敷いていることを発見してしまった……。

揺るぎない確信があった。

そんなことはよくあることだから、気にしなくていいのかもしれないけれど

思い入れがあった分、どうしょうもなく哀しくなった。。。

勝手な思い込みと笑われるかもしれない……。しかし……最後に男がする行動があまりにも似ている。

以来、この小説を読むと胸が痛む。

でも、

ことの本質を突いている小説だ。

そういう類の小説に思いを込めすぎていると

現実が物語に近寄ってきてしまうのかも。。。。

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9月12日清澄白河の夜

ウィーンにいるアンネット・一恵・ストゥルナートさんから入電。

ほんの短い時間話した後、急いで清澄白河へ向かう。

このところ大変お世話になっている講談社の引地康博さんが

清澄白河の駅の近くにある『梅仁』という素敵なお店で、

児童図書第一出版部の長岡香織さんと、共同テレビの江森浩子さんを

御紹介下さった。

お話ししているうちに、長岡さんも江森さんも、大変な情熱を持って

仕事に臨んでおられることが伝わってきた……。

料理はもう、繊細な味付けで最高においしかったし、

のどぐろの焼いたのなんて、ほんっと脂が乗っていて

しあわせ~っという感じだったけれと゜

なにより、

引地さん、長岡さん、江森さんと

自分の中で温めていたものと合致する話もできて、

こんなに充実した会は本当に久しぶりだった。

思いを持って生きている人との語らいは人生を豊かにしてくれる……。

そんなことを痛感する夜だった。

なんかおもしろいことやりたい、役に立ちたい、

それがいつも心にあるけれど

なかなか人に伝わらなかったりして

嫌になりかけていた……。

しかし、今日会った方達は

初対面にも関わらず、

そして、皆さん仕事で疲れてロクに寝ていないのにも関わらず、

長い時間話をして下さった。

話しているうち

思い出したのは

山中恒さんの『とべたら本こ』を初めて読んだ時の感動!

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9月9日名古屋!

6~8日までNHK名古屋局へ。

『中学生日記』の取材のためだ。

行きの新幹線で買ったばかりのモバイルPCで仕事をして

ううっ……頭パンパンのまま、名古屋に到着。

NHK名古屋局の皆さんとご挨拶をして

30分後には会議室で集まってくれた中学生と話す。

話しているうちに疲れなんか吹っ飛んで、

厚かましくも、自分も中学生モードになってしゃべっていた……。

普段、私が知り合いと使っているキーワードを使っている子がいたりして

それはそれは気持ちもはずんで、楽しくて、

彼らが不満に思っていることも、

私の思っていたこと&今も思っていることとドンピシャ!で、

「そうそう、ほんっとに、そーゆーのってムカつくよなあ!」

と言いたくなった。(ってか、言ってたかも)

同じメンバーと終日過ごす中学校の内部には

複雑な力関係が渦巻いている……。

先生だって完璧ではないし、友達だってどこまで信用できるのか?

私は、集団が苦手で、どこへ行ってもいじめられていた。

いじめられぐせがついているせいか、新しい環境に移ってもだめだった。

大人になってからも、酒は飲めないし、焼き鳥がだめで、甘い物も苦手なので

そんなに人づきあいがうまくないけれど

なんとか経済活動もこなして、隅っこで生きている……。

嫌になることは多々あるけれど。。。

説教臭いことは一番嫌いなので、

いい形で着地したいと思う。

7日は中学生に終日取材、8日は近隣中学の教頭先生に取材をした。

教頭先生は、多くの問題を解決に導いて来られた方と伺っていたが、

こちらの意図するところをよくご理解下さり、時間のない中、

ご協力を頂いた。

改めて深く御礼申し上げます。

たった三日間だけれど、

名古屋の人ってホットだなあ……と痛感した……。

歩いている人も東京に比べて活気に溢れている。

ういろうと鰻パイとすがきやのラーメンを買って

東京に戻った。

今日は、映画の打ち合わせの段取り。

ドタバタしているけれど、

それもまた楽しい。仕事の早い人と連動すると元気が湧いてくる。

テレビで『カサンドラクロス』をやっていたので、

つい観てしまう。

幼い頃に観て、かなり影響を受けた作品だ。。。

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9月3日男のぶっとび魂

内田麟太郎さんにイラストレーターのよしながこうたくさんを教えて頂いてから、

そのエキゾチックで暗黒なのに、洗練された絵にすっかりイカれてまっている。

根本敬さん風に言うと、トリコじかけの日々。。。

スーチンのように荒々しく、国吉康雄のようにねっとりとしていて

ダークなのにカラッと明るい、そのぶっとび方に完全にハマった!

男の魂、ここにあり★という感じだ。

お兄さんの吉永拓哉さんは、かの社会派ノンフィクション

『ぶっちぎり少年院白書』を書いた人で、これまたスゴい!

こーゆー勢いのあるものはいいなあ~。

理屈とか、批判とか、そんなもんは無視!

夜。

竹熊健太郎さんの『箆棒な人々』~戦後サブカルチャー偉人伝~をつまみ読む。

これは『クイックジャパン』創刊準備号から第7号までに掲載された記事を

新たに編んだもので、天下の奇人と呼ばれた康芳夫さんや

石原豪人さん(もちろんみなさん、知ってますよね!)達のインタビューが載っている。

行ったら、行ったきりの人はキラめいている。

うねりをつかまえるには、それなりの環境が必要だけれど

要するに、つまんないことから即刻サヨナラすることかも。。。

しかし

おもしろいこととか、いたずらを受け止めてくれる人が

少なくなったので淋しい……!

以前、「今日は渡辺はま子さんの誕生日です」

と知り合いにメールしまくっていたら、

間違えて仕事相手に送ってしまっていたことがあり、

「よしださん、友達いないだろ?」と大笑いされたが

ああいうアホなことをもっとやらないとなあ。。。

このあいだ「ムード満点 料金半額!」という

ラブホの写メを送ってくれた男友達がいて

あんまりおかしいので、わかってくれそうな人(男女)に転送したけれど

返事は皆無だった……。ショック。。。

女が(男のツレに)送ると別の意味に取られるのか?

女の友達もさすがに引いたのか?!

なんかなあ~。日本人ってつまんない。(そんな問題か?!)

男に生まれていたら、もっと下品でへーーんなこといっぱいやってたかも。。。

なんか損した~。女に生まれて。

ときどき

ものすごーーくおもしろいことを思いつくことがあるんだけど

女のイイ年したおばはんがやるのはオカシイ……ということばかりで

これじゃ宝の持ちグサレだ~。

どっかで生かしたいなあ……。

柔道の石井選手って、いいなあ……。

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8月31日熱い気持ち!

このところ中学生日記の打ち合わせを

NHK名古屋放送局の黒岩さんとやっている。

真摯に番組作りに臨んでおられるのがひしひしと伝わってくる……。

長く続いている番組なので、今までの歴史がもちろんあるが

最近の中学生日記は、なかなかハードルが高い!

その辺のショートムービーよりも、ぐっと洗練された作りになっていて、

うーんと唸るくらい、上手い演出もあったりして、

これはとてもやり甲斐が有るなあと思っている……。

前回の『風のスケール』も、心からやってよかったと思える仕事であった。

9月に入ったら、名古屋で中学生に会って

取材をするのも楽しみだ。

仕事の合間に渋谷でミレイ展を観る。

いまさらって感じもあるが

水面を行く「オフィーリア」のポスターに惹かれたからだ……。

しかし会場では1850年から51年にかけて描かれた「マリアナ」に魅了された。

テーブルに置かれた銀食器が、孤独な女の性的欲望を象徴している。

美に執着を持つ人でなければ、内面に籠もる性愛への悶々とした渇望は

こんな風には描けない。ましてや女のそれは業が深い……。

その後、少し時間があったので、『コレラの時代の愛』をようやく観た。

久しぶりのマルシア・ガルケスの世界! 

『エレンディラ』を観た時ほどの衝撃はなかったけれど

松田昭三先生がハガキに書いて送って下さった意味がよくわかった。

多少荒っぽくってもいいのだ。

前半、シーンの始まりが、それぞれエッジが立っていたことも勝因かもしれない。

心情を追う話ほど、大胆にカッティングしていかなければならない。

それは鉄則!

映画の内容に戻るが、

50年あまりも一人の女を愛し続けた男の愛は

見事に成就された……。

熱い気持ちを抱き続けることは

意味の有る人生を送ること。

功利的&合理的に生きていても

実はなんにも残らない……。

そんなことをつらつらと思いつつ

中華料理の『一番』で上海風焼きそばと餃子を食べて帰った。

(やっぱ、ここの、うっまーい!!!)

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8月27日嬉しい出会い

講談社のHさんの持ち馬の祝勝会にお招き頂く。

場所は裏原宿にあるとても素敵なお店。

絶妙の歯ごたえのタコのしゃぶしゃぶに始まり、次から次へと粋な料理が運ばれてきて

Hさんのこまやかなお心遣いに感激した。

一緒にいらした若い女性お二人は眩しいくらい溌剌とされていて、

上手にタイミングをみて、さりげない気遣いをされる方達で

あんまり気持ちの良い会なので、普段は頂かないのだけれど、

日本酒を少し呑んだ。うーん、とってもおいしかった!!!

こんな夜があるなんて……。

先日の講談社でのある小説の映画化の会議の後、

三階の食堂でプロデューサーとHさんと三人でお話をさせて頂き、

はからずも、私の送ってきたボロい人生の話になった。

親に虐待を受け、妹とひどく差をつけられ、3歳の頃、アイロンを足に押しつけられたり、

風邪をひいていて、咳がうるさく、

4つ違いの赤ん坊の妹が起きるからと大雪の中、外に放り出され、

他人の洗濯物にくるまって寝て……なんて話までは、

さすがにできなかったけれど、

小・中・高といじめに遭いまくって、ただひたすら勉強と

マンガを描くことに逃げ、

教育大学が特待生待遇になっているのに、

親が無理解で行かせてもらえず、急遽夜間の大学を探し

卒業式の前から上京して、畳が腐った家賃一万円の四畳半に住み、

このあいだまでガリ勉やってたのに

今度は有斐閣という法律系の出版社で働きながら生活費と学費を捻出して

それでも足りないので、土日に家庭教師や工場で働いて

大学に通い、労働法を専攻していたので

本当は労働基準監督官になろうと思っていたのだが、

休講になったある時に、たまたま青臭い「ROCKのスピリット」論をぶちかましてしまい、

たまたま小学校の時からソルフェージュをやっていたので楽譜が読めたこともあり、

バンドに誘われ、『noble rott』というバンドを組んで

おまけにボーカルをやることになってしまい、

そんなに上手くもなかったけれど、

昼間働いて、夜、学校へ行って、その後の時間、

夜9:00くらいから朝4:00まで練習したせいか、

結成後間もなく学園祭で小さいコンサートをやることができて、

たまたまKBS京都という地元のラジオ局にゲスト出演することになって

たまたま構成をやっていた人とケンカになってしまい、

ののしり合いが始まって、なぜか

「ほんなら、オマエ、台本書いてみろ!」

ということになり、

今の苦界(あるいはバラダイス?!)に身を投じるきっかけになったけれど……。

のちの結婚生活もボロボロで、学術系出版社に居た元夫は、

トラブルの連続で、なぜか全身血みどろで帰宅してくることも……。

友達にも打ち明けられないし、

(なぜなら当時は、なぜか超お金持ちで心のゆったりした人が周りに多くて、こんな話、してもムダだと思ってできなかった……ってか、若かったから虚勢張ってたかったのね~)

帰る場所もなくて、

母親(ちこっと宗教マニア)には嫌味&罵倒をされるし

妹にはせせら笑われるし(妹は成績が悪かったのでコンプレックスを抱いているらしいと最近わかった)……

父親は元々仲が超悪いので、サクッと割愛するが

まあ、とにかくふんだり蹴ったりだったんですよー

なんて話をしたら、Hさんはただじっくりと聞いてくださったのだ。

人にこんな話をするのは、稀なことで

誰もが理解があるわけではなく、

むしろ、児童を保護する立場に有る人から

「虐待を受けた子って、人が心配してるってことわかんないみたいで、

人と人として向き合えないんですよねえ~」

なんて、ひどい言葉を浴びせられたこともある。

もちろん、私のことを知らず、他人の例え話としてだけれど。。。

にしても、なぜか

人の心や体を癒すのが仕事の人ほど、

他人の痛みを無視したぞんざいな言葉を吐く人が多いように思うが

人の痛みに付き合っているうちに感覚がマヒしているのか、

それとも実は「いいから、まず私を癒して」っていう人が、

そういう仕事に就くのか……?

アメリカの映画(たとえば『ワイルルドシングス』

古いところでは『ミスターグッドバーを探して』等)には、

そういうある種の社会奉仕的な職業をやっている人の、

矛盾した裏面を描いたものが多く、

きっと『理不尽な』闇を抱えていると推量するが、

ここ数年、そのあたりにフォーカスを当てているので

いつか自分も書いてみたいと思っている。

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8月26日新八犬伝、そして。。。

NHKの人形劇、新八犬伝のDVD(テレビ)を中野でゲット。

帰ってきてさっそく観る。映画の方は既に家にあるが、

テレビ版の方はなかったので、すんごいうれしい。。。

なにを隠そう、当時なんの実績も無い私が、

教育テレビのハッチポッチステーションに潜り込めたのは、

人形劇への異常な執着もあるけれど、

子供の頃に観た新八犬伝の話を、

初対面だったNHKエデュケーショナルの中村哲志さんに、

ツバと胸のボタンを飛ばしながらまくしたててしまったことがきっかけになっている……。

古典とコンテンポラリーとウィットが、

こんなにも見事に芸術的に昇華された番組を、

子供の頃に毎日観ることができたのは幸せだった……。

今の私は??? 机の正面に国吉康雄さんの絵があるのが救い。

ここんとこ

特集上映している豊田四郎監督と川島雄三監督の映画に

行きたくて仕方ないが、

雑務に追われて、行けない。

若い頃に大阪や京都で観たものばかりだけれど、

豊田監督の『甘い汗』だけは、何度観ても泣いてしまう。

そう、ラストの京マチ子さんが、娘を乗せたタクシーを追うシーン。。。

深夜。

ちょっと心配事があり、眠れなくて武井武雄さんの『ラムラム王』を読んでいたが、

それでも眠くならないので

起きてDVDで『おばちゃんチップス』を観る。

この作品の監督・田中誠監督の『タナカヒロシのすべて』が大好きで、

ひそかに追いかけている。。。。

陳腐で安いヒューマニズムにとどまらず

「本当のこと」を描いているから。

観た後、すっきりとした気分になる。

本作も色彩がバツグンだ。

人間は愚かでエロくてアホだけど

愛する能力を持って生まれてきたんだから

死ぬ前にそいつを使ってやんないとね!

人文書院に居たとき、ふと社長が

「人間はいつか死んで土に戻っていくんです」

とおっしゃったことをたまに思い出す……。

そんなこんなで今日も夜が明けてしまった! ヤバい。朝から仕事だほい!

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8月22日祈り

午後3時半、護国寺の駅から全速力で講談社に向かう。

痛む足は、ひきずるしかない。

予定していた路線に人身事故があって、約束の時間を数分超過していた。

今日は大切な話があるから、早めに出たはずなのに……!(こんな時に限って!)

ハアハア言いながら、玄関の前に立った時、

まだ食えない習作時代に、マンガ原作の仕事をもらった時のことを思い出した。

必死だった。

当時は、うまくいきますように……と祈りながら、玄関を入っていった。

今から考えると、そこまでリキ入れて来られるなんて、迷惑な話だ。

でも、迎えて下さった編集部の人達は、

当時、私が抱えていたものを聞いて下さった。

上京間もない頃で、東京に頼れる人もなく、

孤独な中で、無我夢中であがいていた私は、

さそがし扱い辛く、不格好だったと思う……。

よく、仕事をさせて頂いたもので、いくら感謝しても感謝しきれない……。

今日も会議の間中、

そんな頃のことを思い出して、つい、熱くなってしゃべってしまった。

本当に感じていることをそのままに……。

今回の仕事もどうぞうまくいきますように。

講談社を出て、映画を観るため、池袋に向かったところで

NHK名古屋局の黒岩さんよりお電話を頂く。

今日はじめてお話をしたのだが、

たまたま、黒岩さんが、昔担当されていた『中学生日記』を観ていた。

黒岩さんは、その話のようにソフトな語り口の方で、

携帯を通して、真摯に番組作りに向き合っておられるのが

伝わってきた……。

電話の後、すぐにご丁寧なメールを頂いて、

ますます、その思いの強さを感じた。

120%の人はステキだ。

新宿に移動し、今月三回目のつばめグリルでハンバーグを食べて家に戻ると

松田昭三先生からハガキが来ていた。

そこには、今日の答えが書かれていた。

「『コレラの時代の愛』を見ました。脚本も演出も少々荒っぽいですが、

見応えのある作品でした」

そう。作品はテクニックとか、見かけの派手さではなくて、

観て良かったなあ!とか、見応えがあることが一番大事!

それが動員とか、視聴率に、実は一番繋がるのかなあ……と

思う次第。

他に、松田先生のオススメは『ベティの小さな秘密』だとか。

フランス映画久々の佳作とのこと、必見!!!

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8月21日残念!!!

足を痛めてしまい、おおたわ史絵さんにお誘い頂いた

山岳医療ボランティアへの同行を断念せざるをえなくなってしまった。

おおたわ史絵さんは、NTVの『スッキリ!』のレギュラーをされているので、

ご存じの方も多いと思うけれど、

ベストセラーになった『女医の花道』や『続女医の花道』を書かれた

女医さんにして作家で、講演等も積極的にされているエネルギッシュな方。

ここ数ヶ月、有り難いことに懇意にさせて頂いている。

美しく聡明な人なのに、ちっとも気取ったところがなく、

根性が座っていて、潔くって、気風が良くて、

人の心の動きに敏感な優しい人だ……。

下町にあるご自身の医院での診察の他に、

ボランティアで聾唖学校で校医も務められ、

テレビやラジオに出演し、

執筆や講演もこなす……とっても忙しい人なのに

山に行くことになった時も、石井スポーツで

山の道具一式を購入するのに付き合って下さったのに、

残念……!

というより、ただただ申し訳なくて……。

足を痛めなければ、私もご一緒したかったが、

順天堂大学の医学部の方々をはじめとする皆さんに御迷惑をおかけしては

いけないと思い、泣く泣く断念したのだ。

(本当に申し訳ございません。この場をお借りしてお詫び申し上げます……)

北アルプスの燕山は、約2700mとか。

きっと、その頂上は、下界では想像もつかないサンクチュアリなのだろう。

星が綺麗だとおおたわさんが言っていた。

おみやげ話が楽しみだけれど

やっぱり、やっぱり行きたかった!

山小屋では、どんな夢を見ることができるのかな……。

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8月20日吉祥寺どっぷり

今日は買ったばかりのSCALA(入手困難?!)の帽子を被っておでかけ。

吉祥寺の台湾飲茶『旺旺』でアラカルトでいろいろ頼み、

名物のかけごはんを食べた。

その後、一緒に行ったプリティなシナリオライターの女性が教えてくれた

喫茶店『庭』へ移動。

ここはシートも広くのんびりできる。

おまけにウエイトレスさんがアニメ声でとてもキュートだった。

トイレの前の小便小僧もイカしている。

デザートの25時間寝かしたチーズケーキはバツグンにおいしかった!!

彼女と別れた後、

啓文社で本を買い漁り、吉祥寺の町をブラブラしていると

NHK名古屋局の河合理香さんから連絡があった。

忙しく仕事をされていると伺っていたので、

心配していたのだが、河合さんの声には、張りがあって少し安心した。

河合さんとは、言葉の持つ力について、長い時間話をしたことがある。

ああ

心にある本当の気持ちを伝えられたら

どんなに楽か……。

人の気持ちはあやふやで、時と共にうつろいやすく、

関係性の進化を持てる間柄って

数えるほどだ。

それでも

意外なところで

意外な人に心が通じていることがある。

そんなことを信じて生きているワケで。。。

夜は『アマル』でアサリのバジル風味のクスクスとアスパラのキッシュと

野菜を少々……そしてデザートには焼きリンゴを食べる。

ここの焼きリンゴにはまっている。

一個丸ごと焼いてくれて、カラメルソースのかかったアイスクリームと一緒に頂く。

店内のブランコの席を狙っていたのだが、混んでいて、カウンターになってしまった。

でも、いいか、ここは天井が高くて落ち着くし。

家に帰って、おみやげにもらったぶどう大福をひとつ食べる。

カリッと音がするくらい張りのあるぶどうが皮ごと入っていた。

酸味がきりりとしていて、おいしかった。

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8月19日読書の日

今日はひたすら本を読んでいた。

打ち合わせのための資料本を(こりゃまるで自分とかぶってる……ていうか、数ヶ月前の自分とおんなじ状況だ……やばっ!)と、朝までじっくりやや我田引水気味に堪能した後、

ずっと読もうと思っていた本に手をつけ、

それでも足りなくて

図書館と書店を廻るのは宝探しに似ていて、飽きない。

収穫は、安野光雅さんの『君は大丈夫か』(ちくま文庫)と

茨城のり子さんの『詩のこころを読む』(岩波ジュニア文庫)と

『一編の詩がぼくにくれたやさしい時間』(PHP)、

矢口敦子さんの『償い』(幻冬舎文庫)、そして

奥田英朗さんの『ララピポ』(幻冬舎文庫)。

本は寝ころがって読むのか好きだ。

途中、近所の整形外科に行って、治療を受け、

「君の履いてる、その靴」

「えっ?!」

「先の詰まった靴はだめ」と言われ、

ドクターのその言い方が、とても素敵だったので、少しうっとりしながら、

帰ってきて、また寝ころがって本を読んでいたら、

CBCの方からご丁寧なお電話を頂いて恐縮してしまう……。

今日はごはんを作るのももどかしく、

一日パンだけで過ごした。

日曜日に、春日部の郊外に、ある人のお墓参りに行って、

そこでビニールシートを敷いて、しばらく一緒に行った人達と

ふかしたさつまいもや、古漬け、メロン……などを食べて

さらに鰻、寿司、そば……を食べに行って(もちろんシェアで)

帰りに錦糸町で大島ラーメンを食べたせいか

あんまりおなかがすかない。

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8月13日いてててて~ !

早朝から足を痛める。

いてててて……。

ちょっとここんとこ暑いのに外に出てばかりで

フラフラしていた。

打ち合わせ中、なんだか熱中症気味だったことも。。。

いかん、いかん。

ねんきん特別便が来ていないので

不安になって、電話をしたら

めっちゃ、いいかげんで、しかも

馴れ馴れしい(「おっさん、勘違いしてるぜ!」風の)対応だったことに

ムカついていたせいか(?)

母親から、くらーーーい(母からは、たいてい気が滅入る暗い話ばかり)電話があったせいか、

いつもなら、どんな障害物があっても

バレリーナのごとく、軽やかな足さばきができるのに(嘘です☆)

今日はできなかった……。悔しい。

『コレラの時代の愛』を観に行きたいのだが、この足ではちょっと無理かな。

執着心の強い男の狂気すれすれの愛をこの目で確かめたい。

私の周囲にも、一人の女性をただただ愛して止まない人が数人居て、

たまにその話を聞くが、

そういう一途な男の人達は、好きな女の話をする時はとびきり素敵な顔になる。

「ああ、本気なんだなあ……」

と、ちょっとニクくなるくらいかっこ良くっていい顔をしていた……。

愛は人を狂気に引きずり込む。

だから、いいのだ。

人間が最後にすがるのは、心の奥底に巣くう本物の愛だ。

新しい価値観との出会い、

衝撃、そして慟哭

そんなものを映画から得たい 。

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8月10日秋野不矩美術館へ

朝早く家を出て、秋野不矩美術館(静岡県天竜市股町)に行く。

ここ数年、秋野さんの描くインドの広大な風景や、

柔らかな光に包まれた神々、静謐だけれど蠱惑的な人物に魅了されていて

ぜひ秋野さんのルーツである天竜市で絵と対峙したいと思っていたのだ。

美術館の藤森輝信さんの建築にも興味があった。

自然素材を生かした美術館で裸足で、

床に直に座ってじっくり秋野さんの絵に対面できるのは

とても幸せなこと……。

空間のゆとりが私たちを、日常の猥雑なことから解放し、

朗々とした気持ちにさせる。

そして、絵自体も、そういうスタイルで見るよう

展示に工夫がなされているように感じた。

2001年に93歳で亡くなるまで、

秋野不矩さんが晩年(1980年)にアトリエを置かれたのは

私の故郷にほど近い京都府北桑田郡美山町。(私は隣の北桑田郡京北町)

秋野さんが描かれた『残雪』という作品は

見事な線で、私の田舎の淋しく厳しい山々と枯れ木を象徴していて、

今、真夏ではあるにもかかわらず、

あの身を切るように痛い故郷の木枯らしを思い出し、

くすんだ山の匂いを思い出した。

閉ざされた山村での暮らしを思い出した。

長い間、故郷に帰っていないので、

余計に山の稜線が、優れた画家の手による線で

すぐに自分の故郷のものだとわかったのか?

いや、秋野さんの絵が多くの人の心に潜む

郷愁を呼び覚ますのかもしれない。

帰りに浜名湖を巡ったが、時間が遅くなり、鰻を食べ損ねた……!!!

残念。

しかし、心は十分満たされた。

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8月7日ななみちゃん

(株)ROBOTのキャラクター・アニメーション部の大嶋さんから、

ななみちゃんの絵本(第四シリーズ・よしだ担当は「ななみの手紙」)が送られてきた。

この手のいわゆるテレビ絵本というのは、

なんだか懐かしい気もする。

親にねだって、ケロヨンとか、トッポジージョとか、魔法使いサリー、妖怪人間ベム……

そのあたりを買ってもらった気がする。

たいていソノシートなんかがついていたなあ。。。

昔のは、もっと毒々しい色がついていた。

手作りの砂糖水と違って、チクロ入りジュースみたいなノリ。

レインボーマンのなら、まだソノシート付きで手元にありますが。。。。

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8月1日まちこちゃん

三重県の津市から夜行バスでやってきたまちこちゃんと

吉祥寺で落ち合う。

まちこちゃんとは、5年ぶり。

築地の市場の中でやっていた絵の学校で知り合った。

まちこちゃんはイラストを描く人。

ほんじゃあ、やっぱせっかく東京に来たんだし

「トムズボックスに行こうよ」ということになり

急遽、吉祥寺へ。

まちこちゃんは、当時23歳だったが、話がとても面白くて

その中に

蛇苺の香りのポイズンがちこっとあるのが魅力で、

築地の市場で二人して250円の素うどん(メチャうま!)をすすりながら、

恋愛相談に乗ってもらっていた……。(いい年こいて、もう~!)

5年経ってまちこちゃんはものすごい綺麗な女性になっていた!!!

プリティ&キュートから、超美人へ。

あんまり綺麗なんでびっくりした……!!!!

しかし

面白さは相変わらずで、

ほっとしたよーん。

二人は旧交を温める間もなく

吉祥寺の町をうねうねうねうね

洋服屋さんや、雑貨屋さんを冷やかし、

なんでもかんでも笑い飛ばし

変な物(おっさんのモモヒキ系・スナックのおばさん系セクシー服等)を見つけると

「あれ、これって、まちこちゃん、探してたやつじゃないの?」

と周りの人みんなに聞こえる大きな声で言い、

するとまちこちゃんは、もっと変な物をつまみ上げ

「そうそうあつこさん、これメッチャ欲しがってましたよねえ」

と、「細い体のどこからそんな声が出ますの?」ってくらい

でかい声で応戦してきた。

そんなこんなで、ぐはぐは笑いながら

吉祥寺中のかわいいものをぜーーーんぶ見たような気になり、

いい気分になった一日でした。

ちなみにまちこちゃんの住む津では車社会だそうで

こんなに歩いたのは久しぶりだとか。

ごめんね、まちこちゃん。。。。

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7月31日内田麟太郎さん

憧れの内田麟太郎さんにお会いすることができたが、

恥ずかしい気持ちが先に立ち、とうとうなんにもお話しできなかった。

それでも、握手をして頂いた時に「おっ、力強いねえ」と

言ってもらったことが嬉しくて、嬉しくて

おそるおそるメールを送らせて頂いたら

なんとなんとお返事が来た……!

そして……

お返事を読んで、落涙してしまった。

ほんとうに私的なことを書いてしまったのだけれど、

絵詞作家にして詩人の言葉は芯から身に沁みて、

久しぶりに胸がぎゅーっと萎むくらい泣いた。

内田さんの絵本はもちろん好きだけれど

無極堂から出ている『なまこ饅頭』という詩集が好きで、

こういう本を作れる人というのは、

やっぱりかっこいい!

あああ……。

内田さんに会ってから、ラジオから流れるラップや、

人の言葉が前よりも鮮明に耳に入るようになった(気がする……)。

ノートに書いてもらった絵とサインは一生の宝物。

よかったー。生きてて。

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7月28日恥

今日は、ベルイマンの『恥』をDVDで観た。

ベルイマンがなぜこの作品を失敗作と思っているのか、(いや、そんなことは一般的に外部から解釈されているだけかもしれないけど)

それがまったくわからない。

こんな面白い映画はないのに。。。

戦時下、オーケストラが消滅し、団員だった男と女(夫婦)が、

戦禍を逃れて島に住み着き、農業や園芸で暮らしを細々と立てている。

夫はだらしなく、狭量でメンドウ臭い男、

妻は夫が食事中でも財布の中身を確認する現実派。

かつて二人が芸術を核に生活していた形跡は、もうどこにもなく

唯一残っているバイオリンのみが、過去を彷彿とさせる。

しかし、土くれをいじっている今の二人に

バイオリンの弦はあまりに繊細すぎて、もう指がうまく動かない。

二人は結婚して7年になるがまだ子供はいず、

夫は他に気になる女もいるようで、子供をほしがらない。

そんな中でも、妻はいつか夫も変わるだろうと、二人の生活を慈しみ、

市長へのネゴシエーションも忘れない。

(ネタバレ・この市長は後で妻と関係する)

やがて、戦況が悪化し、敵軍が攻めてきた。

政治に無頓着な二人が、

うっかり敵軍のテレビ取材を受けてしまうところから物語は転がり出す……。

ってことで、以下省略。(あとはネタバレバレなので、DVD、ベルイマン特集上映でどうぞ)

なんのポリシーも持たない人間は、

あっちふらふら、こっちふらふらして、

しまいに自分がなにやっているかわかんなくなり、

行き先は当然見えなくなり、

あるいは、危機のため一瞬の狂気が宿っても、

それを振り払う強い意志を持たずに

ただ

流され、流れていくだけで

汚辱にまみれた最後が待っている……。

超カンタンに解釈すると

そんなハナシだと思うけれど

人間の愚鈍さを、悪意をきちんと持って描いた秀作だと私は思う。

翻ったら、

翻られるのだ。

嘘をついたら

嘘をつかれるし。

とはいえ、私はしょっちゅう悩んでいる。

他人との距離の取り方、

自分はなにをやるべきで、なにをやらないべきか

そんなことが、ときどきほやーっとしてくる。

自己主張のバリバリ強い人に会うと

とたんにメンド臭くなってしまうからかもしれない。

でも

ちょっとこれって

やばくない……?

沈黙を共有できることが

なによりも好きなんだけど

見た目が超俗物なもので

どーしても

気のいいおしゃべりさんが寄ってくる。

おしゃべりさんといえば

最近、京都の小学校時代の友人がよくメールをくれるのだが

「いま、なにしとるの? わたし・と・やねん。もうねるわ。バイバイ・」

という内容が多く、あまりのシンプルさに吹き出しつつ、感動している。

残念なことに

私はPHSなので、携帯の絵文字が全部「・」になってしまうのが惜しい。

もし、ステキな人から来たメールが

文章はそっけなく、そのかわりさりげなくハートマークが打ち込まれていても

こちらとしては、まったくわかんないので

きっと、いいチャンスを逃している……ハズ。

前はピッチの人がケッコーいて、

顔はおっさんで下半身がイカ……みたいなアニメを作ってダンスさせて

メールに添付して楽しんでいたのだが、

最近、そーゆー遊びに付き合ってくれる人があんまりいないのが

淋しい……。

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7月26日いやーん、こげちゃった!

このところ、ちょっとバタバタしていて、首が動かなくなり、

さらに、パソコンがぶっ壊れる……というパニックに!!!

で、「いやーん、こげちゃった!」

というワケではない。

ちょっとだけ一段落したので、

思い切って、千葉の海に泳ぎに行って、こげちゃったのだ!!!

どこに行くか、検討に検討を重ねた結果、

明け方近くに東京を出て、前ノリで

勝浦の近くの守谷海水浴場に。

なんてったって、水泳が三度のメシより好きな私。

買ったばかりの水着に着替えて海へGO!

いやー、泳ぎまくった、泳ぎまくった~!

もちろん、いいトシなんで

日焼け対策はバッチリ……

のつもりだったのだが、この猛暑の照り付く太陽は容赦なし。

日焼け止めなんてほとんど効果なし。

おまけにアホな私は、首だけ日焼け止めを塗るのを

すっかり忘れてしまった!

あーあー。

すっかり、こげこげ。

ま、しかし、楽しい一日を過ごしたからいいか!!!

なんてったって、体力作らなきゃ!

ってことで、不自然なこげ方をした私は

そんな跡を隠しもせず

あっち、うろうろ、こっちうろうろして

へーーんな目で見られている。。。

さっき、コジマにモバイルPC用の外付けDVDドライブを買いに行ったら、

いろんな人に遠慮のない視線を向けられた。

うっそー、私、まだイケてる?

みたいな、女として嬉しい……わけはなく

ずぇーーーーーったい、

変な焼け方を見ていたのさ。

私にはわかる。

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7月1日ユニバーサルミュージックへ

午後13:30から青山一丁目のユニバーサルミュージックにて打ち合わせ。

オペラ歌手・アンネット・一恵・ストゥルナートさんのコンサートの話で約三時間。

不肖、私も、ほんの少しだけ音楽をかじったこともあり、

とはいえ、せいぜい高校の吹奏楽部でホルンを吹いていたり、

中学の時に毎日音楽くコンクールでちょっとした賞を貰った程度ですが、

多くの地方の人や、子供達に生の演奏を届けるというコンセプトには

京都の山奥のド田舎者の私には、

心底身に沁みて理解できることだ。

小学校の担任の先生で、音楽に大変熱心な指導をして下さる先生がいらして、

私は、個人的に、この方にピアノも習っていたのだけれど

「あなた方に生の演奏をぜひ聞かせてあげたいと思っています」

とおっしゃって、田舎ではありえない機会を沢山作って下さった。

生でピカピカ光る楽器を見た時、

人間の声とは思えないくらいの美声を、直に耳にした時

あの時の感動は、一生忘れられない。

来校された音楽のプロに、指導を受けた時の緊張感!

そして、プロと歌うとこんなに声が出るのか……と驚いた。

清々しい思い出……。

そして、ことあるたびごとに

「あなた方は、もっと志を高く持つことが大切です」

と、おっしゃったお声が今も耳に残っている。

そう、どんな土地に育っていても、どんな条件下にあっても

諦めていてはなんにも始まらない……。

特に音楽は、理屈を乗り越え、メロディはすべてを飛び超えて、我々を跳躍へと導く。

私は一介のシナリオライターに過ぎないし、

音楽に格別詳しいわけではないけれど、

基本的に主旨に賛同しているので

俄然張り切って、考えられるだけの案を出す。

会議終了後、

皆さんと別れて、一人、表参道へ。

クレヨンハウスに行きたかったのだ。

しかし、残念ながら、この日は早々と閉まっていた!

残念!!!!

自然食品のレストランでごはんでも食べて帰ろうかなあ……と思ったけれど

散歩することにした。

久しぶりの表参道は、夕闇迫る時間だったせいもあり、

ちょっと静かで、風が気持ち良かった。

家に帰ると、Tさんから、ありがたくも

ルジマトフのバレエ公演のお誘いメールが来ていた。

仕事がちょっと忙しいので、迷っている……。

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6月30日恐縮します……。

朝、電話のベルが鳴ったので、慌てて受話器を取ったら

小学館SWの社長の畠中さんだった。

畠中さんには、もう10年くらい前からお世話になっている。

教育テレビの仕事(ハッチポッチステーション)をしていた時に、

毎週水曜日、リハと収録があり、当時、幼児・児童書を統括する立場で

現場にいらしていた頃、お話させて頂くようになり、御縁ができたのだ。

電話の内容は、仕事のことなのだが、とても丁寧なお言葉を頂き、

恐縮してしまう……。

いやはや、良い仕事を積み重ねてこられた方には

やっぱり、こちらにも気持ち良く仕事をさせて下さるパワーがあって

こちらも、がんばらなきゃ!!!という気になった。

まったくまったく、多謝・感謝です!

午後、仕事の打ち合わせのために外に出る。

その後、シネマート新宿で『幻影師・アイゼンハイム』を観るつもりが

開始時間に遅れてしまったので、末広通りの『だいこんの葉葉』に入る。

めばるの煮付けと、つぶ貝の刺身が絶品。

おかげで話も弾む。

昨日、アンネット・一恵・ストゥルナートさんのお誘いで

加藤健一さんの芝居『レンド・ミー・ア・テナー』を観て、

帰りに吉祥寺に立ち寄り、人と会ってすずめのおやどで、

つぶ貝バター焼きを食べたばかりなのだが。。。。

(貝類大好きもなもので……)

その後、方南町の一心太助に河岸を異動。

ここは二階が海の家(あるいは親戚の家)のようになっている知る人ぞ知る名店。

なんでも200円~300円。(うな丼もカレーライスも焼きそばも……貨幣価値無視!)

しかも量がものすごーーく多い上に、すべてのメニューにほぼじゃがいものフライが付いてくる。

今日はテンパリおばさん(いっぱいいっぱいになるアタマのとんがった人)はいないので、

お色気ムンムンのねっとりおばさんに今日のオススメを訊いて

おばさんの言う通りのものを食した。

ていうか、もう、おなかいっぱいだ……。く、苦しい……。

メニューに付いてくるじゃがいもフライ(5個くらい)が、

素人ではできない味で、かなりおいしいのだけれど、

やっぱりこれが腹を満たしてしまうのだ……。

そして、ねっとりおばさんは、だいたい仕事をさぼり、

客(男)と一緒にテレビを観ているのだが、

ふとした拍子にこちらを気にすることがあり、

早く食べないと、皿にまだ残っているのに

「これ、もういい?」と持っていってしまうのだ……。

男性客と、女性客への態度が見事なくらい違うのも特徴。

もちろん、若いお兄さんの方が、いいもてなしをされる。

(私のようなトウの立った女は注文言っても、ほぼ無視される)

帰りに、VIP席(一階奥・近所の人が占拠)に立ち寄ると

奥からハッピを着たマスターが、

「カレー、食っていきなよ。締めでさあ」

と声を掛けてくれた。

「いや、あの……あの……」

半年に一回くらいしか行かない、私のようなヘボ客に温かい言葉……。

めっちゃ恐縮してしまった。。。

でも、なんだか嬉しい。人に声を掛けられるのは、やっぱ。

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6月25日直立猿人(蒲田)

徹夜が続いている。。。

けど、元気なのはなぜ?

生まれながらのショートスリーパーだからなのか???

午後、映画の企画を都内某所に持って行った後、

某アニメーション会社に勤務するAさんと、

特殊漫画家の風間そうめんさんを誘って

蒲田の老舗ジャズバー、『直立猿人』へ。

マスターがご病気ということで、

急遽、私のよーーーーく知っている人が、

臨時でマスターをやっているのだ。

蒲田駅西口から、バーボンストリートを行く途中、

味のある店が並んでいた。

蒲田はかつてよく通った場所。

なんでかと言うと……それはヒミツ。。。

「チャーリー・パーカーが好きなんですよ」

という話を(生意気にも)すると、

マスターが『BIRD FREE』というLPを選んでくれた。

そして、腹をすかせた我々のために、次から次へと料理が出てきた。

どれもおいしい。。。いいのかなあ、こんなに食べて。。。

ここはライブもやるらしい。狭い店内だというのに……!

Aさんと、風間氏とで、グリーンピースや、シー・シェパードの話等、

その他、経済社会時事ネタで盛り上がる、盛り上がる!!!

風間さんとは、我々が2003年くらいからずっと温めている

近未来ネオ大久保を舞台にした『なかよし☆パンチ』の話をした。

それは、人が超苦手なくせに、間違ってつい、人と仲良くしてしまい、

どーしたらいいかわかんなくなって、人との距離が縮まると

パ~ンチ!してしまう土木作業員の兄弟の話。

マスターが最後にミンガスの『直立猿人』(傑作!!!)を

かけてくれた。

鋭敏な感覚を研ぎ澄まさなきゃ、

妥協の産物しか産まれない。

そんなことを悔い、悔い、

自分の阿呆臭さを、まじまじと眼前に提示された気分に沈みつつ

ひととき、音の海に潜る……。

店がハネるのを待って、

マスターと共に近所の『上弦の月』へ。

ここは超有名ラーメン店だとか。

素材にこだわってます!という能書きが

あっちにもこっちにも貼ってあり、

おかしくて仕方がない。

夜中にもかかわらず、満員でちょっと待っている間に

謎のミュージシャン風の人(たぶん50そこそこ)が、

ものすごーーーく親しげに話しかけてきた。

ちょっと変わった風貌の人だったので、

こっちはビクビクだったが……。

で、

なんでミュージシャンかと思ったかというと、

店内に居た若いお兄ちゃん達(楽器を携えていた)が

みんな「ちわっす!」とか「ども!」とか

先輩を敬うように挨拶していたからだ……。

その他にも怪しげな人が、次から次へと

通っていく。

フラフラ、チャリを漕いで、怒鳴り散らしているおっちゃんもいた。

15分くらい待ってようやく店内へ突入。

なんとなんとお疲れのはずのマスターがご馳走して下さった。

うーん、久しぶりにおいしいラーメン。

幸せ。。。。

最終電車になんとか間に合い、帰ってくると雨。

ああああ、ついてない。

マスターが、なにかいい芝居はないかと訊いてきたので、

桟敷童子から来ていた案内を見せた。

ピーター・オトゥールへのオマージュを感じる

『まーちゃんの戦い』(そう、あの『マーフィーの戦い』がモチーフになっている)

は、必見!

数年前、成子坂の劇場でやった時、地人会の和泉将朗氏に誘われて

一番前で観たが、面白くて、セクシーで、圧倒されてしまった。

……と、そこまで説明するのは、説明が苦手な私には、ちょっと無理なので

チラシだけパパッと見せて終わってしまって、すいません。。。

今日の臨時マスターは、業界の大先輩様で

習作時代からのお付き合いをさせて頂いており、

もう十年来のお付き合いだから、

私のことをきっと許して下さると思う……。(甘いっ?!)

朝方、井上荒野さんの『切羽へ』を読む。

関係性の進化、共鳴したかのように見えて、

同じ極を持つ磁石のように離れてしまう相手……という存在について、考えてしまう。

いいなあと感じる人には

なかなか、本当に思っていることは口にし難いし、

「あの人なら、わかっていてくれるはず……」

なんて薄い期待をしてしまい、苦い思いで終わることも。

話す機会を大切にし過ぎて、自爆することだってある……。

男、女に限らず、そうだ。

共鳴すればするほど、離れたくなるのは、

「なかよし☆パンチ」の人間なのか、やはり。

でも、ベタベタすんのは嫌いなんで、そーゆー魂を持った人の方が信頼できる。

ごちゃごちゃ言わず

誤解してたって、どこにいたって

同じ空を見つめてくれるだけでいいよ。

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6月19日お別れの日

哀しいお別れの為に新幹線に乗る。

CBCの山本恵三さんのお通夜に行かせて頂いたのだ……。

泣いてはいけない、泣くまい、と思っていたが、

お通夜の会場で、かつてお世話になったCBCの皆さんのお顔を見ると

すぐに我慢ができず、涙ぐんでしまった……。

読経とお焼香が終り、お通夜の後、控室でビールなどを飲みながら

しみじみ話す……。

私などより、もっと沢山の思い出を胸に抱えておられるCBCの方々の思いは、

それぞれに深いものだ……。

哀しい気持ちがじんじん伝わってきた。

いつのまにか、一緒に仕事をさせて頂いた頃の思い出話になり、

気がつくと私は、京都の田舎の言葉になっていた。

『コンビにまりあ』の挿入歌『ナイスな関係』(私が勝手に作詞したものにCBCの方が曲をつけて下さった)を口ずさんでくれる方がいたので、一緒に歌った。

懐かしい思いがぐっとこみ上げ来た……。

よくあんなことを許して下さったものだ。。。

「楽しかったな……」

こうして久しぶりにお会いできたのは、恵三さんのおかげだ。

本当にありがとうございました。

もう、私、目一杯、頑張ります!

合掌---。

夜。

用意して頂いたホテルで、お風呂に入りながら、いろんなことを思い起こす。

悩んでいたことがバカみたいで、

「やるしかない!」という結論に至った。

名古屋に来て、喝が入った。

負けたらあかん! やらなあかん!!!

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6月18日巨星逝く

昨日、朝一番に、CBCの二村女史から連絡が有り、

素晴らしいドラマを沢山作ってこられた山本恵三さんが亡くなられたことを知った。

享年65歳。なんて早い死なんだろう……。

山本さんは天才肌で知られ、真摯にドラマ作りに取り組まれた本当に厳しい方だった。

他人に厳しい方は、ご自分のハードルも高く、けっして妥協を許す方ではなかった。

常に自分を律しておられたように思う。

「お前、シナリオライターだろ!」

とよく叱られた。

いや、その頃は、まだドラマの「ド」の字もわかっていない

「シナリオライター」でもなんでもなく、「ただの絶望系主婦くずれ」(後に離婚)

だったのだが、山本さんは、いや、恵三さんは

最初っから「シナリオライター」として認めて下さった。

こちらも血ヘド吐いて、トイレに崩れそうになりながら懸命だった。

「血ヘドって人間のどこから出てくるんでしょうねえ……」などど、

甘っちょろいヤツから甘っちょろい批判を受けたことがあるけれど、

それは自分をはるかに超えた人と仕事した時に、

そして、その人に認められたい時に

自分の体力と知力をはるかに超えた仕事をやる時に

人間の穴という穴から出てくるのさ!

そもそも、ベルイマンの映画が好き……と映画オタクっぽくほざいていた私に

起承転結しっかりした昼帯のドラマの話を書くことは辛い修行だったが、

恵三さんの教えてくれることはひとつひとつが宝物のようで

それが今の自分を支えていると言ってもいい。

しかし、

そうやってこちらは一生懸命書いたつもりでも、

ちゃんとドラマが描けていないと

天空が割れるかとも思うくらいの大きな雷が私の頭上に落とされた。

書くのはわりと早い方だと自負していたが、

二日で五話(30分)の書き直しと次のプロットを提出させられたこともある……。

九段下のCBCの東京支社からの帰り道、何度、死のうと思ったことか。

何度恨んだことか。

九段下の駅の階段で「なんであんなエラそうに言われなあかんねん!」と叫んだことだってある。

しかし、反対に出来がいいと、「ええっ、こんなに褒めてもらって気色悪いなあ……」

と言うくらい褒めて下さった。そういう日は、沢山飲ませて食わせて下さった。

反対に出来の悪い時は「とっとと帰って書き直してこい!」だったけれど……。

山本式トレーニングを受けるうちに、

なんとなく脚本を掴めるような気になってきたから不思議だ。

劣等感で一杯だったのに。

一度だけ、九段下で差し向かいで食事をしたことがあるけれど

ほとんど話すことはできなかった。

でも、なにも話さないわけにはいかないので、なんとか話題を見つけ、

編集の仕事をしていた時代の話をして、27歳の時に編集に携わった

『黄金伝説と仏陀伝』(原田実氏著)という本を

立松和平さんが文春で取り上げて下さった話などをしたら、

恵三さんはギリシア悲劇を好んでおられることを、ほつりぽつりと話して下さった。

そうか、恵三さんのドラマの骨子はそこにあったか……!

そんなことを口にもできず、ただ黙々と食事を終え、帰ってしまった私。

手元に「ヒット祈願!」と書かれた恵三さんが初めて下さった年賀状がある。

脚本を介さないと話せなかった……私はアホだった。

大先輩に気遣って、もっといろいろ話すべきだったのに、

恐れ多くて……。

オンエアの最終日、番組終了後、私がCBCに電話をすると

恵三さんが電話口に出て下さり、「……うん、よかった!」と

言って下さったことが今でも忘れられない。

あのような充実した仕事をした後に、どうやって書いていけばいいのか?

その後、数年、悩み続けた……。

明日は恩師・山本恵三さんとお別れをしに名古屋に行く。

なんて淋しいんだろう……。

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6月16日花は散れども

新藤兼人先生の新作映画『花は散れども』の試写の案内が来ていた。

差出人が書いてなかったが、字からすぐ送り主が判ったので

さっそく御礼の電話を入れる。

「松田昭三先生、ご案内、ありがとうございます」

「ああ。京橋のテアトル試写室で観るのを勧めるよ」

その後、最近の映画の話に。。。

「ヘンリー・ダーガーの映画にすごく惹かれるんです……」という話をしたら、

松田先生が根掘り葉掘り聞いてこられた。

夜。

『サムソンとデリラ』を観る。

ファムファタルというより、紅蓮の嫉妬の炎に焼き尽くされた女・デリラの

美しいこと。。。

女が動く時は嫉妬。

そういえば、最近、ものすごーく挑発してくる女性がいるんだけど

私の周りの誰か(男性)が好きなのかな?

私は異性が私の顔をじっと見ていると

「はなくそでもついているのかな?」

と思ってしまうタイプ。

万が一、珍味好きがいて、もしかして私のことを好きだとしても

来世になっても気付かないタイプ……らしい。(by周囲の意見&占い)

だから、ライバル視しなくていいからね、

そこのあなた、あなたですよ。。。

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6月10日心底嬉しいこと。

仕事をしていて、なによりも嬉しいのは、組んだ相手と信頼関係が結べること。

しかし、しかし、

それは実は一番難しい。。。(哀しいけれど)

なぜなら

調子いいけど、全然お金払わない人とか

「ぜひあなたと仕事したいんです」と言いつつ、

私の書いた企画書を(私の断りもなく)勝手によそに持っていって、

平然としているドロボーみたいな人がいたり、(そんなのすぐばれるのに~)

知らない間に勝手に共著にされてしまったり、(おかしいよ~)

日々「はあ?」と相手の人格疑いたくなることが多い。

そんな中で、キラリと光る人に出会えると

超嬉しくなる!

今日、映画『変身』でお世話になったプロデューサーの曽根祥子さんが、

パルコのエンターテインメント事業局に移られたと連絡があり、

近況を報告すると、ご丁寧な連絡が返ってきた。

曽根さんは、当時、アミューズにいらした。

どんな時もクリエイティブに忠実な動きをされ、

シナリオライターを大切に守って下さった。

口先ではなく、行動で示すタイプで「なにが真実か」

ということを見極めた骨太な方だ。

それでいて、女性らしい優しさに満ち溢れた人。

仕事をしていてよかったなあと思うのは、

こういう心意気を持った人に巡り逢えることだ。

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6月9日女の子祭り

シナリオライターの石田真弓さん、柿本直子さんと

女の子祭りをする。

女子だけのムフフな会。

どこでやるか迷った挙げ句、

お好み焼き屋に落ち着く。

「なにか、嫌いな物あったら言ってね。ちなみに私は鶏肉がだめだけど」

と私が口を開くと、

石田女史は「私は豚肉が……」

柿本女史が「私はエビとイカが……」と言って

「えっ、それじゃ、お好み焼きって、このチョイス、間違ってない?」

状態になったが、

とりあえず、「オススメ!海鮮焼き」と「フロマージュ焼き」(チーズ入り)とオムそばを

頼んだ。

超うまーーーいっ!

石田さんと柿本さんは勘が鋭く、話しごたえのある人達で、

そしてとってもセンシティヴで

共通の知人も居たりして、話は尽きず、

河岸を変えて、ハーブティを飲んでもまだ話は尽きなかった。

神代辰巳さんの映画の話をもっとしたかったけれど

時間が来てしまい残念だった。

あーもっと時間があったらなあ……。。。

名残惜しさをしみじみと感じた。

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6月7日神田川の流れは……

吉祥寺・デニーズにて、不動産探しでお世話になった富田英一くんと、

TLP(TOKYO LIFE PRODUCE)の社長・星六郎氏とH氏と会食。

まあ、異業種交流……といいますが、

なかよし会といいますか。。。

星氏とH氏は、かつて中村幻児さんの映像塾で机を並べた仲だとか。

そして星氏(ロクちゃん)は、あの『かもめ』にも出ている!

場所を変えて、ロクちゃんの車で高田の馬場に。

神田川沿いにTLPの事務所があるのだ。

ちょっとばかりヤバいところに……。

でも、そんなことはおかまいなし。

ロクちゃんと専務の西村氏のアートなセンスで、事務所は落ち着いた雰囲気になっていた。

しかも、窓辺には神田川。

桜の季節になると、川面がピンク色に染まるという。

六時を越えているというのに、いいトシした大人がコンビニで買ったウーロン茶を飲み、

おやつを食べながら、

えんえんとアンダー・グラウンド話に燃える。

驚くようなおかしなアイデアを酒も飲まずに次々と話し続けるのは、脳内麻薬が出てきたせいか……。週刊大衆増刊号を見せてもらったりして、わいわいやる。

ロクちゃんのご両親は有名な画家。事務所にお父様の絵が飾ってあった。

白いブーツに朝顔が活けてあったが、これはロクちゃんの作品だという。

キャンギャルの履いてたブーツだったっけ?

ま、 現代アートかくあるべしって感じ。

このところ、ちょっと真面目に忙しかったので、こーゆー豊かな時間が嬉しくて仕方ない。

またロクちゃんとこに遊びに行きたいが、超方向オンチな私に辿り着けるだろうか?

帰りに「いい映画、観たいよね……」という話になる。

「川島雄三だけでいい」なんてことを久々に口走ってしまった。

そうなんだよ、ほんっとそうなんだよー。

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5月21日絵本の仕事

以前、教育テレビの番組(『ハッチポッチステーション』)を書いていた時に、懇意にして下さった小学館の幼児雑誌の畠中氏が声を掛けて下さり、マミイに書かせて頂いたことがある。

タイトルは『コロコロドーナツ』。物語はいたってシンプルで、お母さんが子供に読んであげる際に、オリジナルで話が膨らむように気をつけて書いたつもりだ。

帯ドラマでヒーヒー言っていた私に小学館の机を貸して下さり、「あんまりとばすとよくないよ。ここでやりなさいよ」と優しい言葉を掛けてもらって、当時、公私共に惨憺たる思いをしていた私はウルウルきた。。。

今回、またまたお声掛け下さって、絵本のテキスト(文章)を書かせて頂くことになり、今月頭に打ち合わせ、三本のストーリーをまず書いた。

幼稚園児向けというのは、実は難しい。

杉並図書館で子供に混じって一日過ごしたり、

吉祥寺のトムズボックスへ出向いたり、(ああ、トムズの方はなんて親切なんでしょう!)

家中にある日本語のリズムの本をひっくり返したり、絵本に関する本を買い求めたり。

中でも、内田麟太郎さんの『絵本があってよかったな』には号泣してしまった。

子供&学生時代はもちろん、編集時代から山のように本を読み、

この仕事をしてからも毎日のように本を読む生活をしていると、

自ずと目慣れてしまい、

本を読んで号泣なんて、ありえねーーーっことだが

内田さんの赤裸々で、聖性さえ感じる軌跡には

激しく反応をしてしまった。

人生にビンっとハリができた。嘘の無い言葉はどれだけ美しいか。

みんなには勧めたくない本だ。

私だけの中に閉じ込めておきたい。(でも書きます。。。)

内田麟太郎さんの本に辿り着いたのは、畠中さんのおかげである。

良い人のもたらす縁というのは、満たされた気持ちが結果として待っている。

そんなことはご本人には言えないけれど

心が感じる幸せというものを大切にしたい。

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5月20日起動。。。

今日はシナリオ作協のシナリオ講座の昼夜講師。

今年は積極的な生徒が多いとは聞いていたが、

これほどまでとは……!!

かつての自分を思い出すと、あまりいい生徒ではなく、

ぜんっぜん

エラソーなことは言えないなあ……と思いつつも、

自分が受けた講義の中で、後々、最も有効だったことを授業に盛り込んでみた。

はたして、その気持ちはみんなに通じたかな?

講義の合間に、原稿の直しをする。

事務局の若い男性がコーヒーを淹れて下さった。

ありがたい…!!!これで世界にひたれる……と思った矢先、

ペンディングにしていたギャラ交渉の電話が入る。

リアルな話もばっちりやるのが大切。

ちょっと物語の中から這い出てくるのはしんどいけれど

ハラの探り合いはよろしくない。

外に出て食事をしようとしたら、6:30。もう夜の講義まで20分しかないことに気付く。

仕方なく、オリジン弁当を買って、事務局のテーブルで腹ごしらえ。

セッキーこと関氏と、絶世の美女なのに、落ちた話がOKで、超面白い久松女史

とよもやま話をする。いこいの時間だ。。。。

夜は夜で教室内が盛り上がった。

この熱気!

感心したのは昼に受けた男性が、事務局と交渉し、夜も受講していたこと。

やる気がみなぎっているぜ、そーでなきゃ!

ひたむきに書くということは、一種のトランス状態に入ることである。

バルザックはノリのいい時ほど、話が暴走しやすいので、

わざといったん手を休めて、クールダウンしてから書いた……

というエピソードが残っているが、

私の習作時代はガンガン書きまくった。

そうやって、歯磨き粉のチューブの先に固まっているようなものを

出し切ると、本当の自分の書きたいものに気付く……と思っている。

一番書きたくないことに向き合うのは辛いけれど

それを逃げてちゃ、おしまいですぜ。

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5月19日 文化人崩れのおっさん、うるさいよ~。

荻窪には、静かに仕事ができるような店がなくて、

いや、たとえあっても名曲喫茶だったり、元奇術師の人がものすごく話しかけてきたりと

どうも落ち着かず、仕方なく家でばかり仕事していたら、本当の引き籠もりになった。

ものすごい田舎の深山育ちのせいか、ちょっとでも音がすると殺意がわいてくるくらい

音に対して敏感なのだが、ここんとこ

家の近所で工事は始まるわ、犬は吠えるわ、鳥は泣き叫ぶわ……でそうも言ってられなくなり、

外で仕事するのは苦手だけれど、こりゃいかんと、最近、ようやくクイーンズ伊勢丹の中のモスバーガーがわりとすいているのを発見。

あーよかったよかったと

そこで、まずいコーヒー飲みながら、ひたすらパソコン打ってたら、

隣の席に夫婦らしき中高年男女がドカッと座った。

女性の方はやせて小柄で地味で暗い……と、ほとんど自己意志のなさそうな(これってでも男好きするんだよねー)人で、10年前にユニクロで買ったような帽子を目深に被っているのはいいとしても、許せないのはその連れのおっさんだった。

でかくて耳障りな声で、大学教授のナントカさんの悪口を言ったり、

時代遅れな芸術論をぶっこいてみたり……。

ああいうのをきっと文化人崩れ……というのだ。

地味暗の女の人は、ただ、うんうん頷いていたけれど、

も、ほんっと、いい加減にしてくれー!!!!という感じだった。

文化人崩れのおっさん、

モスバーガーでいい気になってんじゃないよ!

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5月14日呪われてる?!

四月半ばから、約一ヶ月に渡り、風邪をこじらせ

病院も何度も変わったが、咳が止まらず、寝たり起きたりの生活をしていた。

何が困ったかというと、咳が止まらなくてどーしょーもない。

絵本の打ち合わせにも、橋田賞のパーティにも、ゴホゴホ……。

話がまともにできないので、困った、困った……。

「そういうのは呪われてるんですよ……。咳が長く続くというのは、誰かに呪われている証拠です」

以前、一度だけ、同じような状況に陥ったことがあり、その時、ウルトラマンを書かれた大先輩ライターが、クスクス笑いながら、私におっしゃった。

の、呪われている……。この私が?

そんなはずは……。

いや、呪われているのかもしれない。

丸顔でふっくら体型……のせいか、人なつこそうに見られがちだが、

実はぶっきらぼうで、人と話をするのが苦手。

そのせいで、相手は「みんなにへらへらしているくせに自分だけ嫌われた!」と思ってしまうようで、

たまに思ってもみない皮肉を言われてしまうことがある。

呪われてるのか……。

ま、いいけどね。

午後、ようやく声が出てきたので、成増に住む千葉紀子女史に電話をする。

彼女は、上京まもない頃、雑誌のライターをしていた時代のクライアント先の人。

ずいぶん年下だが、優秀な人で、周囲をなごませる雰囲気のある人だった。

今は、素敵な日仏ハーフのご主人と結婚され、二人の可愛い子供に恵まれ、忙しくも充実した生活を送っておられるようだ。

久々に近況を報告し、ちょっとしたことがあって、7キロも減ったこと、

ぜんっぜん変わらない意地っ張り人生で、涙ばかりだよーという話をした。

プライベートで一時間も人としゃべったのは久しぶり。

安心できる友というのはありがたい。

どうも、オンナオンナした人が苦手で、

「自分の方が(オンナとして)上よ」みたいな主張が、

会話の純度をキープするよりも先に来る匂いがしてくると

とたんにアホくさくなり、

なかなか本質的な話ができなくなり、困っていたのだ。

「自分なんか……」みたいなことを口走る人に限って、

オンナとして自分はどの辺にランキングされているかにこだわるし、

こだわっているわりには、自分の値打ちを読みきれていない。

カンチガイノジイシキカジョー。ミリョクナイクセニオトコヲフリマワシテイルツモリ。。。

「あの人の自意識ってどーなってるんでしょーね」

心の中で、ゲラゲラ笑いながら、呟いてみる。

あ、そーか。

んなことやってるから、呪われるのか。

(っていうか、私の方がずっとイジワルでオンナクサイ)

吉祥寺のトムズボックスに行き、『ぐるり』と『飛ぶ教室』とスズキコージさんの絵本を買ってきた。

ここでも嘘のない話をする快感を得た。

『ぐるり』はぷがじゃを読んでいた自分にはなじみのある誌面。

広告に「飛騨高山全国和太鼓 夢の頂上響演」というのがあり、

5/18に林英哲さんら全国から和太鼓奏者が集結するようだが、

行ってみたい気がするなあ……。

すかっ!としよ!!!!

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4月14日助かったよ!

女のトモダチが異常に少なく、

おまけに変な話が好きなので

なかなか腹を割って話す相手がいなくて

それでももういいトシをした大人なんだから……と

普通っぽい話を捏造して、苦悶の果ての世間話を無理無理にするせいか、

ときたま、深い自己嫌悪に陥って寝込みたくなる。。。

そんな時、変なメールとか、トチ狂った写メをもらうと

すんごいすんごい大感激してしまう。ていうか、救い。

救いだ!!!

あまり脈絡のないものが、

ものすごーーく有り難い。。。

今日は、ビミョーにクサクサしていたら、

不動産でお世話になった富田氏が元気な電話をくれた。

「な、どう思う?」

富田氏にちょっとムカついた話をしたら、

「それはムカつくべきです。そいつ、人間として終わってますよ」

とハッキリ言われて、スッキリした……。

やっぱ、もじょもじょ心にもないことをくっちゃべっていても、

なんのことやら全然わからないので、

正直ベースで伝えた方がいいと思う。

富田くん、

助かったよ、電話もらって! 

君の話は相当ディープでヤバい内容だったけど……。

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4月9日さくら色の頬

下北沢成徳高等学校の新入生歓迎会にお招き頂いたので、

NHKの武中千里氏と正門前で待ち合わせ。(彼のお祖父様が創立者なのだ)

今日はアンネット・一恵・ストゥルナートさんのステージがある。

アンネットさんの著書に書かれていた高校が、

「どこかで聞いたなあ……」と思っていたら、武中さんのご実家だったので、

双方にご紹介したのが、きっかけとなり、今回の運びとなった。

同校は女子校。新入生はみんなさくら色の頬。

上級生の中には、うとうととしている人もチラホラ居たが、

それもまた可愛らしい……。

佐藤和子さんのピアノも素晴らしい響き。

田中校長先生が穏やかにご挨拶して下さり、中庭で皆で記念撮影した。

帰りに「花泥棒」という名前の喫茶店でみんなでお茶を飲んだ後、

「橘寿司」で鮑、ぼたん海老等、うまーーーーいお寿司を堪能する。

橘寿司の店主の後藤浩一さんから不定期に送られてくる

謎の広告メールがおもしろくて仕方がない。

韻を踏まえた独特のセンスがある。

決して広くない店内には、毎年、桜の枝が活けられ、風情を醸し出している。

ネタとシャリの間にも花びらが一枚仕込んであった。

春を満喫したなあ……。

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4月7日マリオンの鐘

松田昭三先生とお昼前に銀座で落ち合う。

こちらの方に深刻な話があり、わざわざ出向いて頂いたのに

なんとお昼を、そしてデザートまで御馳走になってしまう……。

とはいえ、すぐに悩みを切り出すわけにもいかず、

新藤兼人先生の新しい映画の話を皮切りに、沢山の話をした。

悩みに関しては、詳しいことはほとんど語っていないのにもかかわらず、

ズバリと指摘された。

なぜ判ったのですか……。

軽さを装っても、通じないのだ。

松田昭三先生の青春時代のお話はあまりに切なく、貴い。

井上靖さんの「あすなろ物語」を再熟読していただけに

胸の奥に響く。

気がつくと午後6時……。

待ち合わせはたいていマリオンの時計の下。

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4月6日ロスマリネ

このところ、仕事ばかりしていたので、「外の空気を吸ってみてぇ」と贅沢なことを思いつき、

多摩ZOO→多摩テック→立川……というコースで外出したたものの

歩き過ぎでぐったり。。。普段、籠城生活をしているのは、だめだ!

立川の高田屋(越前蕎麦)でねぎそばとわさびの茎の白醤油漬けを食べる。

うまーい!

高田屋が近くにあったら毎日通うだろう、私は。。。

その後、オリオン書房で三時間。資料本に当たる。

前とレイアウトが変わり、おまけに並んでいる本も変わって

せっかく来た甲斐がない……。

日影丈吉さんの本がずらりと並んでいた頃のオリオン書房はよかったけれど、

時代の要請か、これも。

洋書コーナーで、以前中学校の女友達がプレゼントしてくれた

ちょっとエッチな仕掛け本を見つける。

きっとロングセラーなんだろうな……。

気取った侯爵夫人のような女性の素敵なドレスの中に隠されている○○、

その他にも、くすっと笑える仕掛けが盛り沢山……。

最終ページは伯爵のような男と、令嬢がベッドインして、仕掛けを引っ張ると下着をポイッ!なまめかしいけれど、愛の営みには貴婦人も端女も関係なし。みんな裸になれば同じ欲望を抱えた動物。。。

これをプレゼントしてくれた彼女は、美貌の人だったが

なぜ私に……?

私の隠れたあだ名は「ロスマリネ」(風と木の歌)だったというのに。。。

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4月3日PC破損って……。

パソコンって、どうなんだろう……。

PCデポで4年前に買ったパソコンのことで朝五時からぐったり。。。

液晶部分とキーボードを繋ぐ蝶番のところが、いきなりポロリ……と破損したのだ。

まいった、まいった……。

私のはFMVなので、富士通の24H対応に電話したら(30分も待ってやっと繋がった!)

延長保証に加入しているか、どうかを問われ、

ここ二年で何度か引っ越したため、ぐっちゃぐちゃになっている中から保証書を

引っ張り出し、5800円も払って加入していたのを確認し、

PCデポの開店時間を待って、ようやく電話をしたら売り場担当者が

「今は延長保証の制度が変わったんで、ええっと……無理かもしれません」と曖昧な返事、

その後、修理担当に繋がって、「当時の証書があるのなら延長保証は有効」

「五年保証というのは、パソコン内部に関してのみ適用で、カバー部分には効かないかもしれません……」とのなんとも頼りない答えが返ってきた。。。

「だったら、それ、購入する時に言ってよ~」という感じでしゅわしゅわわわ~んと萎えてしまう……。怒りよりも萎え。。。

私の知り合いの何人かはパソコンを持たないのだけれど、

なんだかそういう人の方が、潤いのある暮らしをしているような……。

まいったなあ、もう……。

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3月28日 ああたん……。

心の中で「ああたん」と呼んでいる人がいる。

それは前に住んでいた部屋の大家さんのミツさん。(80代)

事情があってなにもかも手放して、新しい暮らしを始めざるを得なかったあの時から「ああたん」との暮らしは始まった……。9年くらい前のことになる。。。。

最初は、「嫌らしい皮肉ばかり言う人……」と思った。

救いようのないニヒリスト。皮肉と嫌味を連発して、人を信じようとしない。

おまけにちょっとでも反論すると

「わたくし、あなたのおっしゃっていることがわかりませんわ」

とピシャッとヤラれ、面食らうこと、面食らうこと。。。

それでなくてもその頃の私は傷心で、暗くて切なくて辛くて、

手元のわずかなお金を頼りに途方に暮れながらも、

せっせと糊口をしのぐために

教育テレビの音楽人形劇やマンカの原作を書いて

明日のことなど、考える余裕もなく、命がけの日々。。。

せめて自宅では穏やかな日々を送りたい心境なのに

大家さんの飼っている

犬(パピヨン)のうるさいこと、うるさいこと……。

それにそれに

徹夜が続き、布団を二日続けて干していたら、犬と大家さんが勝手に部屋に入って来て

「あら、生きてらしたの? てっきり亡くなってるかと……」と毒づかれた。。

部屋を出て行く時と、帰ってきた時に必ず階段で会う……というのも変だった。

ある日のこと、ちょっとヤバいお客さんを招き入れた。ヒソヒソ話しているつもりが

二階の私の部屋で話している内容の資料(新聞の切り抜き)が、

大家さんの手によってポストに投げ込まれていたこともあった。

絶対、チェックしているのに違いない。

なんでこんな所に来てしまったのか……と後悔の日々。

他の部屋を探しに出たりもして。

でも、なぜかその後6年もお世話に……。

きっかけは、コンビニが舞台の昼帯ドラマをいきなり40話書かなければならなくて、パニクってた時。

住み始めて三ヶ月が過ぎた頃。

ああたんは、そんなに仲良くない私の手をひっぱり、仲良しの美容院のママに、引き合わせ、コンビニの店主を紹介させ、取材を強引に取り付けてくれた。

その後も、「イっちゃってるコンビニ」と私が呼んでいたすべての商品が7割引きとか、8割引きの店にも連れてくれ、「この人のことなんとかしてあげて~」と頼んでくれた。

おかげでコンビニの裏側をねちっこく取材できたし、美容院のママの周囲に集うおばさんや、おばあさん達とも仲良くなり、みんなが観たい話ってこういうものなんだ……ということが肌でわかった。

それからなんとなく打ち解けて話すようになり、たまには息子さんと二人暮らしのああたんの部屋にも呼んでもらってお茶をすする日々……になった。

でもあの頃は、ああたんのことはちっとも判っていなかった。

今日、大阪の枚方市の有岡利幸先生(『松と日本人』という本の著者・私は編集)から、お孫さんと採って下さった土筆と芹が送られてきたので、御礼の電話をした。

つい先日、杉並区中央図書館で先生の書かれた『里山』を拝読したばかりだったので、その感想などを少し。。そして近況。

こうして長いお付き合いができるのは幸せなことだ。

人文書院の編集部で初めてお会いしてから、もう17年が経っている……。

突然届いた春の香りがあまりに嬉しくて、

ああたんにおすそわけを……とものすごーーく久しぶりに電話をした。

「まあ、ツクシにセリ? いいわねえ……でも今、神経痛で寝ているの……」

「じゃ、ポストに入れておきますから。あ、カレー食べます?」

「雨が降っているから悪いわ」

「いいんです。あ、ポークカレー作ったの、持っていきますから」

ああたんの家に向かうのは久しぶりだった。わずかな距離だけど、雨に濡れて走るのも爽快な気もしたし、自縄自縛の私の日常を振り払いたかった……。

実はちょっと哀しいことがあって、ああたんに無性に会いたかった。

神経痛……というので、

湿布薬と長い靴下、それから身体を温める入浴剤と、野菜ジュースと、袋詰めのおでんなど、

すぐに食べられるものを少しばかり、

無印良品の紙袋にバババッと入れ、ああたんに手紙を書いていると

電話のベルが鳴った。

ああたんだった……。

「よしださん、どうしたの? わたくし、道に出てずっと待ってるのに、いらっしゃらないからなにかあったかと思って……」

えっ? 家で寝てるんじゃなかったっけ……? ちょっとボケ入った? まあ、いいか、ああたんだし……。

「すぐ、行きます!」

電話を切り、慌てて、無印の紙袋を掴んでジャンパーを羽織り、錆びた自転車をぶっ飛ばす。

雨はもう上がっていた。

ああたんは家からずっと離れた道で私のことを待っていた。

もう夜の8時前で真っ暗だったけれど、ああたんの輪郭はすぐにわかった。

愛する人のカタチはどうして遠目からでも判るんだろう……。

愛が溢れてきて仕方ない……。

「ああたん……」

ああたんというのは、「お母ちゃん」という意味だ。私の中にある言葉だけれど。

ああたんは、花冷えで寒いのに、私の好きなJALの機内食カップ麺の「うどんですかい」が沢山入った紙袋を握りしめて。。。

ああたん、ニットの帽子とフリースのヤッケがちょっとイカしていた。

「寝てなくていいんですか?」ああたんの肩は丸くて温かい。

「本田さんの奥さんがね……今、そこにいらしたから……」

もちろん、どこにも誰もいない。

ああたんの手を取り、ああたんちに向かう。

懐かしいわが家だ。

上がっていけというああたんの言葉に甘えて、ちょっとだけお邪魔することに。

うるさい犬も健在で、いつまでたっても私のことは好きになれない様子。

「妬いているのよ」

ああたんは、わざと私の膝を撫でて「あつこさんはいい子、いい子」と犬の関心を誘う。

おかげで犬に何度も何度も前足で膝を引っ掻かれた。

哀しかったことは言えなかった……。

でも、ああたんが昔行った旅行の写真を沢山見せて貰って、気持ちがなごんだ。。。

「人の写真なんか見てもおもしろくもなんともないでしょ」

そんなことはなかった。

アルバムの中の60代のああたんは、今より少しふっくらしていて、お茶目だった。

「私は仕事ばかりしていて、ほとんど旅行なんてしてないんです……」

なんて、言った私。ここしばらく、本当にヒッキー(引き籠もり)状態だったから。

でも、ああたんのアルバムに出てくる所は、馬籠、越前海岸、彦根城、南禅寺、大原、永平寺、上高地……なじみのある場所ばかりだった。懐かしい思い出が一気に噴出してきた。

中でも大原の道標(左京区 大原)の写真には吸い寄せられた。

この道は、原付でなんどもなんども通った道だ。

真冬の凍てつく道をこけながら、全速力で比叡山に向かって走ったこともある。

ああたんとのこういう、なんでもない時間が私にどれだけ実りをもたらせてくれたことか。。。

ああたんは、一人でバスツアーに参加してこれらの土地を廻ったという。

行程のコピーや、料理屋の箸袋、リーフレットも挟み込まれていたが、なんといっても傑作はああたんが写真の横に書いた文句。バスツアーで知り合った人達の寸評や、名所への文句がイカしている。

たとえば「重役タイプの人・怖そう」(恰幅のいいメガネの女性)とか

「咲いているって嘘ばかり。梅なんてどこにも咲いてない」(水戸・偕楽園)

なんだか「くすっ」と笑ってしまう。

アルバムの間には、明治座のチラシや古い新聞の番組欄の切り抜きが無造作に挟まれていた……。

ああたんはある男性の役者さんのディープなファンで、その人のファンの集いには必ず出掛け、バザーで着用済みの洋服を沢山買っていた。

その一着を頂いたことがあり、実は、その方とお仕事をしたことも……。

そっか、ああたんが縁を結んでくれたのか。。。

納得できた。

そっか……。

ああたんは「息子が息子が」と息子さんのことをよく口にするが、実は本当の息子さんではない。弟さんの子供だという。

「私が死んだら、なにもかもなくなるの……よかったらお持ちにならない?」

と大原の写真をくれようとしたが、「大切な思い出なんですから、取っておいてください。また見に来ます……」と辞退した。

今日は、ああたんが見つめてきたものと私が見つめていたものが、リンクしていたのだとわかってよかった。

名残惜しかったけれど、ああたんの神経痛が心配なので早々に帰ることに。。。

帰り際。「太秦の撮影所で買ったの。かけてみて」と埃まみれのサングラスを手渡してくれた。太秦の撮影所の近くに住んでいことをああたんは知らない。

帰ってきて鏡に向かってかけてみたら、CCBみたいでおかしかった。

80年代を象徴するようなトロピカルオレンジにラメの縁に、ミラーのグラス。。。

「あっ、これ……」

それは私が初めて田舎から京都市内に出てきた時に、隣の部屋のお姉さんが映画村で売っていたものだった……。

お姉さんの手引きで、タダで映画村に入れて貰い、撮影をガラス越しに熱い眼差しで見ていたあの頃……。

ついこのあいだのような気もするが、ずっと前のような気もして。。。

不思議な人だ。ああたんは。

帰ってきて鍋で湯を沸かし、「うどんですかい」をかきこんだ。

涙が滲みそうになったのはなぜだ……?!

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