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7月12日四至本アイさんを偲ぶ会へ

お昼前に四至本アイさんを偲ぶ会へ出席するため

東京會館へ。

平成25年1月25日、四至本アイさんは102歳の天寿を

まっとうされたのです。

大伴昌司賞のノミネート賞を頂いたのが、

平成11年5月26日。

橋田賞佳作を前年にもらっていたものの、

前夫と別居してすぐで、

心身共に最底辺の生活をしていた頃のことで、

入賞のお知らせも、転居先(別居先)に

転送されてきたのが相当遅かったので、

授賞式まで日がなく、

慌ててしまったのでした。。。

脚本家として、文筆家として

八面六臂の大活躍をされた後、

36歳で夭折された大伴昌司さんが

残された遺産を、

シナリオライター育成のために

お母様の四至本アイさんが

シナリオ作家協会に投じて下さって

設立されたのが大伴昌司賞です。

この賞の末端の賞である

ノミネート賞に入った(なんとかひっかかった)ことで

私の人生は大きく変わりました。

学歴もなく、スタートも30歳を過ぎてからと遅く、

書くことだけで食べていけるのかどうか

不安で一杯だったのですが、

この受賞をきっかけに、

暗闇の中で一条の光を見い出し、

「なんとか書く仕事にしがみついて

生き永らえていこう!」

という決心ができたのでした。

四至本アイさんに授賞式で

お礼を申し上げた時には、

優しく微笑んで下さり、

「女だからって、ひるんではだめ。

死ぬまで勉強だと思って

いろんなものを広く見て下さいね」

という言葉を頂きました。

ジャーナリストとして活躍される一方で、

社会運動にも、積極的にかかわってこられた

四至本アイさんならではのお言葉だと思って

当時34歳の私は、胸にその言葉を叩き込んで

その後もヘコみそうになると

胸の奥の奥から、この言葉を取り出して

ダメダメな自分のお尻を叩いて、

なんとかやってきました……。

今日は四至本アイさんに、

またお目にかかれたような気がしました。

そして、先輩方やいいお仲間とも

たくさん語り合え、豊かな気持ちになれました。

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四至本アイさんは三ツ矢サイダーがお好きだったとか!

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会場には大伴昌司さんの手がけてこられた作品が展示されていて

興味深いものばかり!

何時間でも読んでいたい気分でした……!

(いや、ほんとにほんとに)

大伴昌司さんについてはこちらをご覧ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%BC%B4%E6%98%8C%E5%8F%B8

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四至本アイさん、そして大伴昌司さん、

本当にありがとうございました!!!!!

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