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1月17日ぜったい忘れない!

18年前の1月17日5時46分に

阪神淡路大震災が起こった。

前日の夜まで、奈良を旅行し、

神戸に立ち寄っていた私。

あのまま神戸にもう一泊していたら、

もしかすると、ここにはいなかったかもしれない。

震災後、しばらくして、

こんな私にもなにかできないかと

仕事を一週間ほど休んで

梅田で水とポリタンクを大量に買い込み、

まだ電車が充分に走っていない時に

神戸に足を踏み入れたら、

あんなにきれいだった町が

ボロボロに崩れてしまい、

電柱が飴みたいにぐにゃりと曲がっていて、

道が斜めになってしまっていて

ところどころにブルーシートが見える度、

泣けて泣けて仕方がなかった。

もう理屈なんかじゃない。

「なんでなんの罪もない人たちが

こんな目に遭わなあかんのや」

それだけしか心に思い浮かばなかった。

避難所が決まると、連絡が取れなかった友人たちと

ようやく連絡が取れるようになった。

「お父ちゃんが死んでしもてんや」

着のみ着のままの友人と二人、

お父さん追悼の飲み会をした時、

友人はつとめて明るくふるまい、

お父さんの生前の笑えるエピソードを

たくさん話してくれた。

そうでもしないとやりきれないのが

よく伝わってきた。

よく働くお父さんで、地震の日も

徹夜で仕事をしていて

仕事場の建物が崩壊し

そのまま生き埋めになったのだ……。

「死に際、お父ちゃん、何を考えてたんやろか?」

ということを友人はずーっと気にしていた。

私は気のきいたことはおろか、

ただのひとことも口から言葉が出てこなかった。

簡単な言葉で濁してはいけないと思ったからだが、

このことは今でも後悔している。

今でも

たまにこの友人と会うけれど、

いまだに淋しさを抱えていて、

ぎこちない生き方をしている。

こんな悲惨なことはもう起こらないでほしいと

願い続けていたけれど、

おととしの3月11日14時46分には

東日本大震災が起こり、多くの人がまた

犠牲になってしまい、まだ家に戻れない人がいる。

何がどうなった時点で「復興した」と言えるのか

わからないけれど、報道を見ている限り、

まだ「復興」には長い時間がかかりそうだ。

震災で亡くなった人達のこと、

そして心に傷を負った人のことを

忘れず、自分ができるフォローは

できるかぎりやって

これからも自分の人生を

一生懸命生きていこうと思う。

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