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1月17日ターニングポイント

阪神・淡路大震災から16年経った。

ここ数日、関西方面の友人達とはその話ばかりだ。

「生きていてよかったなあ」

という話と、そして、あれ以来みんな

「人生観が変わってしもたなあ……」

という話。

1995年1月17日。午前5時46分52秒。

私は起きていた。

眠れないので、本を読んでいたのだが

突如、地中からドンッと突き上げられ

次の瞬間、ジェットコースターの乗ったかのように

激しく体を揺さぶられ、立ち上がることもままならず

その場から動くこともできず、

家具が倒れるのを

止めることができなかった。

住んでいたのが友人から借りた古い一軒家だったので

余計に揺れたのかもしれない。

壁にひびが入り、食器棚が倒れ、

床が割れたガラスだらけになった。

もう終わりだと思った……。

揺れが収まると同時にテレビをつけると、

そこには地獄と見紛うほどの惨状が映し出されていた……。

「そんなあほな……!」

にわかに信じがたいものを見せられると

人間は、現実を確かめたくなる。

神戸や大阪に住む友人に片っ端から

連絡をしようと電話の受話器を取ったが

繋がらない……!!!

「生きててや! たのむさかい、生きててや!」

口に出して何度も叫んだが

まだパソコンも携帯もない時代なので

他の連絡方法もなかった……。

不安を煽るかのように

ニュースは刻々と、地震による被害の拡大を伝え、

死者や負傷者の数は刻々と増えていく……。

体中がこわばり、めまいがした。

これは夢に違いない、これは夢に違いない

こんなことがあるはずがない、こんなことがあるはずがない……

そう何度も唱えたが、現実は悪化していくばかり。

救助も道が閉ざされ、ままなならず

倒壊した建物の下に多くの人が居るというのに

助けることもできないなんて……!!!

地震の五時間前、私は神戸の三宮に居た。

三宮のモニュメントのダンシングフィッシュが好きで、

車で天川村へ行った帰りに、急に観たくなって

わざわざ立ち寄ったのだ。

実は冬休みを取っていたので、まだ一日余裕があった。

神戸が好きだったので、一瞬、泊ることも考えたが

帰ってきたのだ。

もし、あのまま神戸に居たら……。

私は、今ここにはいなかっただろうと思う。

30歳になって一ケ月が経っていた。

地震があった日の夕方、ようやく

友達と連絡ができた。

泣けてきて仕方がなかった。

気まずくなっていた友達もいたが、

「生きててよかったなあ~」

と泣き合うばかりで、

細かいことなんかもう、どうでもよかった。

ただ生きていてよかったなあ

それだけだ。

生きててよかった……!

生きてたらまた会えるやん!

三週間後、私は一人で神戸に向かった。

友人のボランティアを手伝うためだった。

阪急電車の高槻を過ぎたあたりから

屋根にブルーシートが貼ってある家がちらほら見えた。

それを見ているうちに涙が出てきた。

なんでこんなことになってしもたん?

ブルーシートの数が増えるごとに

哀しみも増してきた。

大勢の人達が苦しみながら死んでいき、

残された人達は、

理不尽なこの現実にじっと耐えている……。

三宮に着いて駅を出た瞬間、

異次元空間に放り出された気がした。

道が斜めになっていて、まっすぐに歩けない!

あったはずの風景が、一変している。

夜になると、町は物騒な雰囲気に包まれ、

今まで感じたこともない恐怖感に襲われた。

その日、神戸で会った友人達からは

マスコミにはけっして出ない、震災後の

人間の業にまつわる地獄の話を沢山聞かされた。

気分のいい話ではなかった。

生きるということは、そういうことなのか?

神戸に来る途中に立ち寄った梅田の阪神百貨店では

水や非常食を求める人が、我先に買おうとして

トラブルを起こしていた。

世界が変わった。

変わってしまったのを悲しむ時間すらなかった。

それほどみんなショックを受けたのだ。

友人達と三宮のまるで闇市のような

ベニヤ板の急仕立ての店のおでんを食べながら

「生きている間にやりたいことやろな!」

と誓い合った。

その中には、家族が震災で亡くなってしまった人も居て

それが悔しくてならない気持ちを

どこにぶつけて良いのか悩んでいるようにも見えた。

みんなが喪失そのものに包まれたというのは

あの時が初めてだった。

喪失に包まれるということは

無の世界に生きることと等しい。

亡くなった大勢の人達への哀悼の気持ちに

喪失から来る閉塞感が加わった。

絶望が周囲に蔓延していた。

でも、生き残ったんだから

精一杯生きていかなくちゃ……!

と思うようになった。

いい加減な人と付き合うのを止め、

余計なことを考えるのを止めたら

道が少し見えてきた……。

そして私は、その年の11月に東京に来て

今に至る。

この時期になるといつも

「自分はちゃんと生きているだろうか」

という確認するのだ。

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